今回はある意味まさに「飯田橋・鳥見レポート」、と言っていいと思うのだが(強弁?)、いつもと趣向が変わってしまっていることをお詫びします……

ムーアに住む姉妹
 イギリスの地方を舞台にしたミステリを読んでいると、描写によく野鳥が出てくる気がする。たとえば、イギリスの南西部コーンウォールに住む画家のローズ・トレヴェリアンを主人公にした、ジェイニー・ボライソーの〈コーンウォール・ミステリ〉シリーズの『ムーアに住む姉妹』(山田順子訳)。

セグロカモメが一羽、鳴き声をあげながら海に向かって飛びたったが、そのころにはローズは眠りに落ちていた。(p. 57)

左手の下方、斜面になったところにエンジンハウスがあり、その上をチョウゲンボウがホバリングしていた。すぐそこを飛んでいるので、チョウゲンボウのぴんと張った両の翼と、横縞のある長い尾が見える。ローズがジャックに教えると、ジャックはすばやく一瞥した。
「あれがハイタカじゃなくてチョウゲンボウだと、どうしてわかるんだい?」ジャックは訊いた。
「ハイタカは滑空するけど、ホバリングはしないの」(p. 67-68)

 セグロカモメも、チョウゲンボウも、ハイタカ(『ゲド戦記』のゲドの通り名!)も、日本で見ることのできる野鳥である。でもこの名前を知っている人というのは、特に野鳥に興味のある人、バードウォッチャーに限られてしまうのではないだろうか? ただしセグロカモメはカモメの一種、チョウゲンボウはハヤブサの一種、ハイタカはタカの一種なので、カモメ、ハヤブサ、タカと言えば、どんな感じの鳥かは想像がつきそうだ。

 愛鳥家として描かれているわけではないのに、ローズが野鳥について知識があるのは、イギリスに愛鳥家が多くて、そうでない人でもきっと日本人より鳥に親しんでいるからなのだろう。チョウゲンボウは長元坊と書き、ハトと同じくらいの大きさのかわいらしいハヤブサだ。最近は都市部に進出してきていると聞くし、日本人も見れば「あっ、チョウゲンボウだ」とわかるくらい親しむようになったらいいのにと思う。

青雷の光る秋
 野鳥の出てくるイギリスのミステリとしてもう一つ挙げたいのは、アン・クリーヴスの〈シェトランド四重奏〉シリーズ4作目『青雷の光る秋』(玉木亨訳)である。帯でも内容紹介でも「鳥」について触れてはいないが(カバーにはカモメ?が描かれている)、この話にはバードウォッチャーや野鳥の研究者が登場する。シリーズ名のとおり、コーンウォールとは反対方向のイギリス最北の地シェトランド諸島が舞台になっている。

九月のあいだ、ここはバードウォッチャーであふれていた。九月は鳥の渡りの最盛期で、今年は一週間つづいた東風にのって、イギリスではじめて目視された鳥が二種と、あまり大騒ぎするほどでもない希少種がいくつか飛来していた。(p.21)

 ここを読むだけで、一応バードウォッチャーである私は、なんとなくその場の熱気を感じてうらやましくなってしまう。実は日本でも、珍しい鳥が飛んできたというニュースは、その筋の人々にはまたたくまに知れ渡る。今はSNSという便利なものがあるからなおさらだ。このごろでは、大勢の人がひとところに集中して環境を悪化させてしまうのを防ぐため、珍しい鳥の情報は、その鳥が去ってから公開するようになってきているくらいだ。

 本書にはフルマカモメ、ウミバト、マキバタヒバリ、コサメビタキなど鳥の名前が出てくるが、それよりもバードウォッチャーたちの熱中ぶりについての描写が多いかもしれない。著者のクリーヴスの経歴を知れば、バードウォッチャーの生態に詳しいのもむべなるかな。

この時期だと、センターを占拠しているのはバードウォッチャーたちだな。島じゅう、双眼鏡や望遠鏡を手にして希少な鳥をおいかけまわす連中だらけに思えるときもあるよ。(p.32)

彼にとっては、自分だけの珍鳥を見つけることこそが、本物のスリルをもたらしてくれた。ほかのものが見つけた鳥をおいかけるのとは、興奮の度合いがちがった。(p.68)

彼は夜明けとともに起きだし、何マイルも歩きまわった。弁当を持参することで、渡り鳥の大半が姿を見せる島の南側で一日じゅうすごせるようにした。(略)シーズン終盤のこの時期、彼の友人のほとんどはシリー諸島にいっていた。そこにはアメリカからの珍鳥がわずかながらきており、彼のもとにははしゃいだメールが何通も届いていた。(p.71)

 ここを読んで「シリー諸島」のくだりに、思わずにやりとしてしまう。冒頭で紹介した『ムーアに住む姉妹』には、コーンウォールからシリー諸島に向かう貨物船の描写が出てきていた。気候が違えばまた違った種類の鳥が見られる。イギリスのバードウォッチャーが北のシェトランド諸島に行ったり、南西のシリー諸島に行ったりしているように、日本のバードウォッチャーも北海道に行ったり、沖縄や奄美に行ったりしている。なにしろバードウォッチング・ツアーの専門旅行会社があるほどなのだ。

ワタリガラスはやかまし屋
 最後に紹介するのは、イギリスではなくアメリカの、クリスティン・ゴフによる〈バードウォッチャー・ミステリ〉シリーズの『ワタリガラスはやかまし屋』(早川麻百合訳)だ。

 ニューヨークに住む主人公のレイチェルは夏の間、コロラド州の叔母の農場にやってくる。農場の名前はバードヘヴン、叔母はエルクパーク野鳥の会の仕切り役をつとめていて、つまりは筋金入りのバードウォッチャーというわけだ。

「みんなでどやどやと駆けつけたら、鳥は驚いて逃げてしまうんじゃない?」
「そうならないことを願うしかないわね。なにしろシロスジヒメドリを一目見るためなら人殺しも辞さない、と思っているのはわたしだけじゃないはずよ」(p.49)

 こんな冗談が出るくらい、見たことのない鳥を見るのに情熱を傾ける人がバードウォッチャーには珍しくない。殺人の動機といえばまずお金だが、鳥が動機かも?と推理するミステリが書かれても不思議はないのだ。

空の幻像
 ところでタイトルにあるワタリガラスは、冬になると北海道に飛来することもあるらしい。別名はオオガラス。〈シェトランド四重奏〉シリーズの1作目『大鴉の啼く冬』(玉木亨訳)に出てくる大鴉は、漠然と大きなカラスを指しているわけではなく、ワタリガラス(オオガラス)を指しているのだ。このシリーズ、主人公のペレス警部は不器用なところもあるが魅力的で、かつミステリとしてもおもしろい(ついでのようにミステリ評価をするなんて、社員としてあるまじき?)。ペレス警部が主人公の新しいシリーズも始まっており、ちょうどこの5月に新シリーズ2作目『空の幻像』(玉木亨訳)が出るところ。あれからペレス警部がどうしていたのか、早く知りたくてたまらない!


(2018年5月31日)



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