多くの本格ミステリー作家諸氏が、このジャンルに親しむ新たな読者の開拓を常に考えていることだろう。だがそのなかでも、とくにここ数年の作品から読み取れる古野まほろの心の砕き方は、もっともっとシーンで評価されて然(しか)るべきだと思えてならない。それは“新本格30周年記念作品”と銘打たれた『禁じられたジュリエット』(講談社 1600円+税)を読んでも同様に感じる。

 戦後、新政権により軍国主義となった“日本”。伝統ある全寮制進学校――明教館女子高等学校で 国が禁制品と定めた退廃文学――ミステリー小説の所持に3年生6名が関与していたことが発覚する。教頭のタダノは、この六人を改心させるため、反省室に収容し、“更生プログラム”の実施に踏み切る。それは、6人を 「囚人」役、友人の同級生2名を「看守」役とした監獄実験。当初、8人は協力することでこのプログラムをいち早く終わらせるつもりだったが、次第に彼女たちの関係は歪(ゆが)み始め、ついに悲劇が起こってしまう……。

 心理学者フィリップ・ジンバルドーによる、いわゆる「スタンフォード監獄実験」を模した極限状態から繰り出されるサプライズ、読み手の裏をかく物語の変容、終盤の劇的なまでに圧巻な推理に次ぐ推理。いずれも大きな読みどころといえるが、なんといっても白眉(はくび)は、少女たちを通じて伝わる著者の本格ミステリーに対する敬意と信頼と愛情の深さで、ある箇所を読んで思わず目頭が熱くなってしまったことを告白しておきたい。いま古野作品のベストを問われたなら、私は迷いなく本作を挙げる。

 ラストは、強運ゆえに悲運な愛すべき刑事の物語を。小島正樹『浜中刑事の迷走と幸運』(南雲堂 1800円+税)は、駐在所勤務が希望なのに、運の強さで手柄を立て続けに挙げて県警捜査一課のエースになってしまった浜中刑事の事件簿、第2弾。

 鉄柵で囲まれた全寮制の私設学園で、横暴な振る舞いを続けてきた教師が殺される。凶器の刈込鋏は、学園から2キロ離れた場所にある大木の幹――しかも地上から17、8メートルのあたりに刺さっていた。生徒たちに犯行は不可能。犯人が考えた、思いも寄らぬ手段とは……?

 前作『浜中刑事の妄想と檄運』は実験的な倒叙形式に挑んだ中編集だったが、今回は同じ「倒叙もの」でも長編であり、著者の持ち味である奇想と胸を打つドラマの濃度がグッと増量。過剰なまでの仕掛けとどんでん返しの盛り込みにただただ突っ走るのではなく、近年著者が目指している、キャラの魅力、奇想の効果、物語の成熟――三つの向上がより感じられる良作となっている。某人気シリーズの名作短編を想起させる温かな読後の余韻もいい。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年5月19日)



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