本年は、綾辻行人『十角館の殺人』が発表されてから30年――つまり〈新本格〉誕生30周年のメモリアルイヤーである。と同時に、あの“犯罪臨床学者”の初登場から25年という節目の年でもある。

 有栖川有栖『狩人の悪夢』(KADOKAWA 1600円+税)は、そんな〈火村英生〉シリーズの最新長編。ミステリー作家の有栖川有栖が、〈日本のスティーヴン・キング〉といわれる人気ホラー作家である白布施正都(しらふせまさと)との対談をきっかけに、京都の亀岡にある彼の邸宅へと招かれる。「夢守荘」と名付けられたそこには、眠ると決まって悪夢を見てしまう“悪夢の寝室”があり、アリスは自らその部屋に泊まって一晩を明かす。すると翌日、以前に白布施の手伝いをしていた亡き青年の住まい「獏(ばく)ハウス」 女性の死体が発見される。矢が喉を真横に貫き、右手首を切り落とされた無惨な姿で……。

 こうしてわれらが火村准教授のご出馬となるわけだが、本作の犯人を予想することは困難ではなく(あとがきで、当初の構想では倒叙ものだったと知って納得)、事件自体も特別派手な演出や奇抜な要素が盛り込まれているわけでもない。ところが、そうした点がいささかも作品の魅力を削(そ)いではおらず、極(きわ)めて完成度の高い、シリーズ屈指の名編になっているのだから畏(おそ)れ入る。手首の行方 壁に残された血の手形、現場にあった弓矢、落雷、流れていた音楽などから推理を組み立てていく過程は、さながら“狩り”のためのしたたかな準備であり、いよいよクライマックスで犯人を一手また一手と追い詰め、「あなたが犯人だ」と断じる瞬間の高揚(こうよう)は格別(オーソドックスな本格ミステリーを読んで、こんなにもカッコイイと思わされるとは!)。さらにアリスにも“作家”であるからこその大きな見せ場が用意され、クールなロジックに負けない真摯(しんし)な熱量が物語に華を添える。

 シリーズ前作『鍵の掛かった男』を当欄でご紹介した際、「20年以上続くシリーズで、まだこれほどの高みに到達してしまう有栖川有栖の凄さに改めて敬服する」と記したが、まだまだ足りなかったようだ。風の便りによれば、長らく途絶えていた〈国名〉シリーズの新作も今後予定されているとか。さらなる傑作の誕生を予感し、 いまから胸が躍(おど)って仕方がない。

“節目の年”といえば、メフィスト賞受賞作『天帝のはしたなき果実』でデビューした古野まほろも、今年で作家生活10周年。このタイミングにふさわしい、ふたつの強力な長編が刊行された。

『臨床真実士(ヴェリティエ)ユイカの論理 ABX殺人事件』(講談社タイガ 750円+税)は、言葉の真偽と虚実を瞬時に判別できてしまう、本格ミステリーの名探偵としては反則級の異能を持つ学生――本多唯花の活躍を描いたシリーズの第2弾だ。

 赤坂で男子高校生――芦屋雄次(血液型A)が刺殺される事件が発生。“ABX”と名乗る犯人は、犯行の前に唯花へ殺人を予告する挑戦状を送りつけていた。場所と被害者の名前の頭文字、そして血液型が「A」で共通する事件の一週間後、今度は分倍河原(ぶばいがわら)で尾藤三津子(血液型B)が被害者となる「B」の殺人が。そして唯花のもとに、またしても挑戦状が届く。臨床真実士を挑発し続ける「ABX連続殺人」の狙いとは……。

 前作での横溝正史に続き、いうまでもなくクリスティの本歌取りとなっている本作。ミステリー愛好者をニヤリとさせるくすぐりとライトなパッケージを裏切る歯応えのある謎解きを備えつつ、じつはビギナーが読むと本格ミステリーの愉(たの)しみ方を教えてくれる格好のテキストになっているところが素晴らしい。今回も終盤で挟まれる「読者への挑戦状」までに、なにを推理の材料にするべきかが丁寧(ていねい)に整えられ、論理的な答えを出せると掲げられたクエスチョンが、唯花のいう“嘘”に収斂(しゅうれん)することまでもが明示されるじつに親切な設計になっている(だからといって、 あっさり見抜けるほど底は浅くない)。しかも、単なる直感で犯人を当てるより、集めた材料を駆使して推理を巡らせ、真相に到達したほうが得られるカタルシスが大きい――そのことに気がつけるようクライマックスが周到に組まれている点にも感心してしまった。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年5月18日)



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