愛川晶『「茶の湯」の密室 神田紅梅亭寄席(よせ)物帳』(原書房 1,800円+税)は、落語を題材にしたシリーズのじつに五年ぶりとなる二編を収録した待望の新作だ。

 表題作では主人公の福の助は真打ちに昇進し、山桜亭馬伝を襲名。周りから「師匠」と呼ばれることにも慣れてきたある日、妻――亮子の親友から落語会の依頼を受け、福島県いわき市にある応急仮設住宅へ赴く。そこで馬伝は『茶の湯』を披露するのだが、観(み)ていた若い娘から話の矛盾点をつぎつぎと突きつけられ、大慌て。話は変わって、知り合いの茶会に招待された亮子は、鍵を掛けたトイレのなかで、不可思議極まりない体験をする。死んだと聞かされていたはずの白猫が突然姿を現し、一瞬ののちに消えてしまったのだ……。

 五年のブランクを感じさせない――というよりも、五年という時間を掛けたからこその出来栄えは、シリーズ最高傑作といっても過言ではない。名探偵が登場人物たちを一堂に集めて推理を披露するように、高座で古典落語の新釈と事件の謎解きを一度にやってのける離れ業が本シリーズ最大の読みどころだが、今回も練りに練った見事なもので感嘆すること間違いなし。読み手にわざと先を読ませ、その裏をかく手際はまさに名人芸の域で、目の前に真相を広げられた瞬間の気持ちよさは格別だ。

 続く「横浜の雪」は、難易度の高い試みに挑んだ野心作。客席からお題を三つ募り、それらを一席にまとめる「三題噺(ばなし)」の勝負で馬伝が優勝したなら、弟弟子の破門が解かれることに。馬伝は、『横浜』、『佐々木裁き』、『酔っ払いの猫殺し』をお題に『横浜の雪』を創作するのだが、いよいよ高座へという日にまさかのトラブルが……。

「師匠と弟子」というテーマは前作までの流れでも扱われてきたが、本作では馬伝が真打ちになったことで新たな切り口による今後の方向性が示される。ある人物が馬伝の代わりを務める高座シーンは圧巻で、ラストでは大きな悲劇により深く傷ついた孤独な若者に、「落語」が温かな縁をもたらし、目頭が熱くなってしまった。

 芦辺拓『ダブル・ミステリ 月琴亭の殺人/ノンシリアル・キラー』(東京創元社 2,000円+税)は、タイプの異なるふたつのミステリーを読了後、袋綴じのページを開いて読むと予測不可能な真相が飛び出す、遊び心と企みに満ちた作品だ。

「月琴亭の殺人」では、日本のモンサンミッシェルというべき天眼峡に建つホテルで、われらが森江春策弁護士を含む四人の客人が呼び寄せられ、殺人事件に巻き込まれてしまう。いっぽうの「ノンシリアル・キラー」は、電車内のいざこざが妊婦の急死を招いてしまった不幸な事件を取材するライターが、被害者にまつわる不穏な事実に気がついてしまい……。

 これまでにも袋綴じを活かした同趣向の作品はあったが、この“表と裏”の大胆かつ繊細な仕掛けには見事に騙(だま)されてしまった。すべての本格ミステリーファンに、 ぜひとも腕をまくって挑んでいただきたい。

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■宇田川拓也(うたがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。和光大学卒。ときわ書房本店、文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

(2017年3月24日)



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