一方、大切なものを失った女性が一歩を踏み出すまでを、ユニークなモチーフで描き出すのが原田ひ香『ランチ酒』(祥伝社 1400円+税)だ。

 犬森祥子は離婚したばかり、幼い娘は夫とその両親が育てることになったため、独り身に戻った。知人の伝手(つて)で得た職業は、夜間営業の「見守り屋」。子どもやペットの面倒、話の聞き手、自殺させないための見張り……依頼の内容もさまざまだ。仕事を終えた後、人気店でランチと酒を嗜(たしな)むのが、彼女が唯一ほっとできるひととき。肉丼、寿司、牛タン定食、ハンバーグ定食等々。作中に店名は明記されないものの、主に都内の実在の店を多数登場させていて興味をそそる。店を訪れてからメニューを決定し、よく味わいながらも「もう一杯頼んでもよいだろうか」などと脳内で思考を巡らす祥子に共感しきり。

 依頼人たちの人生模様と祥子の抱える孤独、それらを噛みしめながらもなお味わい深い食と酒。こうして一食一食を身体に取り込みながら、人は明日に備えるのだということが、リアルに伝わってくる。一篇一篇短くスケッチ風なため、さまざまな余韻(よいん)を残すところも味わい深い。

 奥田亜希子『リバース&リバース』(新潮社 1500円+税)は、ティーン誌をめぐる物語。主人公は二人いる。

 ティーン誌で読者からのお悩み相談のページを担当して6年になる編集者の青年、禄は、時に相談に親身になりすぎたあまり、彼を甘え切って頼ってくる読者に振り回されることも。彼には中学生の頃に親友の女の子を傷つけた苦い思い出があり、それもあってか、優しすぎる面がある。一方、田舎町に住む中学生の郁美は、禄の作っている雑誌の愛読者だ。学校生活では、周囲の女子たちが自分の親友、明日花と仲良くしたがっていると気づいているものの、独占欲が働いてそれを許そうとしていない。その夏、都会から爽やかな少年、道成が転校してきたことから、明日花との関係が危機的状況を迎えることになる。

 タイトルにはひっくり返るという意味と、生まれ変わる(リ・バース)の意味も含まれる。人は誰かを傷つけることもあれば、その逆に誰かに傷つけられることもある。そうした中で、人は心の傷は癒えないとしても、新しい自分を見つけていく。そんな意味合いが少しずつ色を帯び、意外な事実も明かされる、その構成が実に巧(たく)み。読後、思わず最初の1ページ目に戻った。

 彩瀬まる『くちなし』(文藝春秋 1400円+税)は、著者の美質が光る直木賞候補にもなった短篇集。

 別れを切り出してきた不倫相手から左腕をもらい、ペットのように愛(め)でて暮らす女(もぎとられた左腕はちゃんと生きている)。運命の人に出会った時だけ見える、相手の身体に咲く花。獣に姿を変えて、愛する男を食らう女たち。どれも幻想的なテイストだが、実はどれも現代社会のありようをきっちりとトレースしてみせた現実味あふれる内容となっている。著者の理知的な部分と、イマジネーション豊かな部分が融合した形の七篇が並んでいる。実際の社会って、こんなふうにグロテスクで、こんなふうに理不尽で、こんなふうに不可思議なものかもしれませんよ、と突きつけられた気分。といっても風刺や批判をかざしているのでなく、そっと現実の裏側を差し出してくる一冊。やっぱりうまいなあと、つくづく感心してしまうし、今後もまた楽しみになる。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)がある。

(2018年3月13日)



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