一転して、魅力的な人々が時代の中で奮闘する話を。伊吹有喜『彼方の友へ』(実業之日本社 1700円+税)は、戦時下の東京で、少女雑誌の編集に携(たずさ)わる人々が登場する。

 父親が失踪し、母親が体調を崩したため、進学を諦めた波津子は、めぐりめぐって銀座の出版社、大和之興業社の「乙女の友」編集部で給仕の仕事に就く。この少女雑誌こそ、彼女が長年憧れ続け、印刷所の幼なじみから密(ひそ)かに捨てられた印刷物を貰い、スクラップを続けてきた雑誌である。憧れの主筆や小説家、画家たちに心をときめかせる彼女だが、しかし主筆の有賀は彼女を邪魔もの扱いする。

 それでも懸命に働き、時に原稿の遅い人気作家を拉致(らち)同然に編集部に連れて来たりと、大胆な行動を見せることも。さらにはひょんなことから書いた小説が主筆の目に留まり……。しかし太平洋戦争が勃発(ぼっぱつ)し、女性たちが着飾ることは禁じられ、男性は出征していく。激動の時代の中で軽(かろ)んじられやすい少女たちの大切な文化を、大人たちはどんな思いで、どのようにして守ろうとしたのか――。

 現在とはまた違う雑誌編集の世界が優しい眼差(まなざ)しで綴(つづ)られていく。もちろん、本作のモデルは明治から昭和にかけて高い人気を誇った少女雑誌「少女の友」がモデルだろう。自分の幼い頃にはもうなかったが、それでも少女向け雑誌のイラストや付録に心をときめかせた年頃を思い出し、甘酸っぱい気持ちになった。

 歴史の歩みを感じさせるのは柴崎友香『千の扉』(中央公論新社 1600円+税)。舞台は新宿(しんじゅく)の巨大団地とあって舞台的な名称は書かれていないが、戸山(とやま)団地のことだと思われる。緑は多いが高齢化が進み、周囲もシャッターが下ろされたままの店が増えたこの場所。ここに長年住む義祖父が入院したため、留守宅を預かるために引っ越してきた千歳と夫の一俊。千歳はなぜか義祖父と話が合い、彼にこっそり団地内に住む男を捜してほしいと頼まれる。

 敷地や周辺を歩き、ここでの生活に馴染(なじ)んでいく千歳の生活を中心に、かつてこの場所を訪れた人、実際に住んでいた人の記憶が交錯していく。土地、建物、時間、そして最近モチーフとして増えてきた家族という、著者にとって重要な要素が詰まった一冊。

 不穏だけどキュートな短篇を書かせたら天才と思う藤野可織の最新短篇集『ドレス』(河出書房新社 1500円+税)もときめく一冊。表題作は、ある日恋人が、耳たぶを覆うような奇妙な鉄のイアリングをしていることに気づいた青年。聞けば特別な店で購入したものだと、彼女は熱弁を振るう。やがて、勤務先やその周囲でも、同じ作り手によるものと思われるアクセサリーをしている女性たちが結構いることに気づく。彼女たちが競うように身に着けるその店の品は、やがてアクセサリーの域を超えたものになっていく――というのが表題作。こんな短篇集、待ってました。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著者に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)がある。

(2018年1月12日)



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