ダークといえばホラー界の期待の新星、澤村伊智『ししりばの家』(KADOKAWA 1600円+税)が怖い。タイトルから分かる通り、今回のモチーフは家だ。

 夫婦で東京に越してきた果歩だったが、働きに出ることは夫に禁じられ、退屈な日日を送っている。そんな折に幼馴染(おさななじ)みの平岩に再会、彼と彼の妻、要介護の祖母が暮らす家に遊びに行くことに。が、その家は何かがおかしかった。まず、床一面に砂がうっすらと積もっているのである。

 一方、幼い頃に友人とともに空き家に入り込んだ五十嵐はそこで恐怖を味わい、以降頭の中に砂が侵食する感触に襲われて社会生活が送れなくなり、今は家に籠り、部屋から件(くだん)の家を観察している。果歩の物語と五十嵐の話が交互に挿入されていくが、読者は当然、五十嵐が監視する家が、現在平岩が住む家だと気づくだろう。

 かつて五十嵐と一緒に空き家に入り込んだ少女、琴子はその際に「ししりば」という声を聞いたという。成長し、霊能者となった琴子は五十嵐を訪れ、彼の手助けをしようとするのだが……。

 不穏な出来事がじわじわと起き、怪異の正体がなかなか明かされないことが恐怖を掻き立てる。と同時に怖いのは、果歩の家でも平岩の家でも起きている家族間のディスコミュニケーションである。後半は家から脱出すべく奮闘する姿がスリリングで読ませるが、次第に立ち上ってくるのは“家族”という単位とそのシステムの難しさとある種の怖さである。

 不器用ながら絆を育む家族もいる。青山七恵の『ハッチとマーロウ』(小学館 1700円+税)は信州穂高(しんしゅうほたか)にミステリー作家の母親と暮らす双子の女の子の物語。

 ハッチとマーロウはもちろんあだ名。彼女たちが11歳になる大晦日(おおみそか)の夜、ママが突然「大人を卒業する」と宣言。それ以降学校の勉強と家事に追われるようになった二人が、さまざまな体験をして成長していく一年間を描く。ちなみに母親は育児放棄したというわけではなく、ちょっとのんびりしながら娘たちを見守っている状態。娘たちは双子だからこそ助け合える一方、いつも一緒の服装で個性がないと指摘され驚くなど、個としての自覚も芽生え始めている。少女小説に夢中になった頃に戻った気分でページをめくりたい。

 長嶋有『もう生まれたくない』(講談社 1500円+税)も、個というものについて考えさせられる一冊。大学の医務室に勤務する春奈、総務課勤務の美里、清掃員の神子はひとりの有名人の訃報をきっかけに交流を深めていく。彼女たちのほかに大学の教員や学生、美里の元夫といった人物の視点も入り混じり、彼らの日常とさまざまな実際の訃報に接する時に浮かぶ思弁を綴(つづ)る群像劇。読み進めるうち、読者自身も「そういえばこの人亡くなったんだった」と思い起こすことも多いはず。彼らの思弁の連なりの先に読者もいるわけだ。

 身近でない人間の訃報に接した時の人々の思考はそこまで違いが出るわけではないが、そこに生じるわずかな違いには、その人の人生が現れている。なかには、実際に身内を亡くす人も出てきて、自分から遠い死と近い死のとらえ方の違いも浮き彫りにされていく。人間の営みのささやかさと、かすかに紛れ込む個としての悲しみや切なさに、ふと胸を打たれる作品だ。

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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970 年東京都出身。慶應義塾大学卒。朝日新聞「売れてる本」、本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。

(2017年9月8日)



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