2004年、五人の日本人がイラク聖戦旅団に拉致される。商社マン、フリーカメラマン、外務省職員、ボランティア看護師、恋人を探してやってきた若い女性。彼らは同じ部屋に押し込められ、わずかな食糧だけ与えられる。旅団を率いるアリの要求は自衛隊の即時撤退だが、日本政府はそれを拒否。拉致された五人の家族たちは途方にくれるが、そんな折湧きおこるのが「自己責任論」。やがて訪れる処刑の日。命を落とす者も出てくるなかで、一人の女性記者が、身代金交渉に持ち込めないかと一計を案じる……。
実際にあった事件をどうしても思い出してしまうだけに胸が痛むが、それでも確かな筆力でもって手に汗握らせぐいぐい読ませる。人質たちの運命や彼らの人間ドラマも惹きつけるが、同時進行でテロリストたちの実態や、アリがなぜ過激派を率いることになったのか、その生い立ちが語られる部分も読みごたえがある。過激派のボスと聞けば恐ろしい怪物に思えてしまうが、彼がどのような目にあい、西欧社会に対してどのような思いを抱き、どんな“正義”を育んだのかを知れば、彼もまた生身の人間だと思えてくる。また、旅団のチームワークが案外脆(もろ)く、だからこそ交渉がすんなりと成り立たないという、生身の人間たちの組織だからこその恐ろしさも見えてくる。
やはり、今一度、自己責任論については考えたくなる。骨太でシリアス、そしてエンターテインメントとしても一級品。
ウォーターサーバーの訪問販売会社の営業、清水勇介は成績不振で上司にパワハラをうける日々を送っている。ある日訪問先で小学校の同級生、 山田に再会した彼は、逆に「世界を守り隊」に勧誘される。ラッパーの予言者ケンジが、世界が八百四十一年後に終わると言うので、それを防ぎたいというのだ。
若者の悪ふざけのような話かと思いきや、実は複雑な“選択”の話である。八百四十一年後の世界を救うために、今すべき選択は何か。また、どちらかを助けるためにどちらかを犠牲にせねばならないというトロッコ問題もとりあげられる。著者が得意とする、時系列がバラバラの断章が並べられ、終盤にすべてがかっちりハマっていく作りは痛快。そのなかで、どんな選択をする人間がヒーローなのかが真摯(しんし)に問われていく。はっとさせられる言葉も多く、全体像を把握したうえでまた味わいたくなるので、再読必至の一冊といえる。
まったく悪気なく欲望のままに行動し女を性的対象としか見なしていない男たちが登場したり、男を支えて生きることに喜びを見出す女性が登場したり。今の世の中の性差別に対する認識のもとでは“時代遅れ”としか思えないような男女も登場させながら、性差という非常に難しい壁を見据えて描かれた問題作。著者は日本ファンタジーノベル大賞出身で、これが三作目。童話の世界に入り込んだ娘と父親を描いたデビュー作『星の民のクリスマス』、自分の中に音楽を見出す少年と周囲の人間模様を描く二作目『ジュンのための6つの小曲』とはまた異なる切り口であることにも驚いた。この著者が他にどんな引き出しを持っているのか、 今後も見続けていきたくなる。
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■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970 年東京都出身。慶應義塾大学卒。朝日新聞「売れてる本」、本の話WEB「作家と90分」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。
(2017年3月14日)
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