2016年3月に刊行される『現代詩人探偵』は、自殺した詩人たちの死の謎を追う、「僕」の孤独な探偵行を描いたミステリです。本作でミステリに初挑戦した、著者の紅玉いづき氏に執筆秘話をお伺いしました。

――まず、執筆のきっかけを教えてください。
約4年前、『サエズリ図書館のワルツさん』(星海社FICTIONS)をお読みになった戸川安宣さん(元・東京創元社代表取締役)から、「ミステリを書きませんか」という依頼をいただいたのです。私は新本格ミステリ直撃世代だったので、有栖川有栖さんや森博嗣さんなどのミステリを読んでいました。でも、ミステリは高尚で、頭がいい人が書くものだと考えていたので、始めは書くのなんて無理だと思っていました。 悩むうちに、私が書けるミステリは何だろう?と考えてみました。その時、人の心の謎を描く“ホワイダニット”が浮かんだのです。私が好きな新本格の作品は、心の秘密を紐解く描き方が美しかったなと。“ホワイダニット”ですと、篠田真由美さんの『原罪の庭』(講談社文庫)が特に印象的でした。「蒼という少年が、なぜあんな行動をとったのか」という謎の答えを良く覚えていたので、そういう魅力があるミステリを書きたいなと。

――初めてミステリを書くにあたり、心がけたことはありますか?
私の小説では“殺される”人間がいないのです。結末で死を迎えることはあっても、物語の転換点としてキャラクターを殺すことはしません。単純に、作ったキャラを死なせてしまうのが悲しいからなのですが。ですから、“途中で人が死んでしまうミステリ”では荷が重いと考え、過去の死を探る話にしました。リアルタイムで起きる死ではなく、覆らない過去の死に対して、今一度、生きた人間が向き合います。

――現代詩をテーマにしたのは?
誤解を恐れずに言うと、死ぬ必然性を抱えていそうな人間が現代詩人だったからです。私が今まで出会った人々の中で、最も生きづらさを感じたのが彼らでした。昔から、詩で生計を立てるのは、現代のビジョンとして成立できるのだろうかと感じていました。そこから、その生きづらさを抱えた創作者に寄り添って書けるのではと思ったので、テーマにしました。

――少女を多く描いてきた紅玉さんには珍しく、主人公は男の子です。
今回ばかりは、女性では無理だと思ったからです。難しい言い方になりますが、「詩人として大成できなくても、結婚して子供を産み、家事をしながら片手間にWebで詩を発表する。詩を見た人からいいねと褒められ、承認欲求が満たされる」。そういうビジョンは、女性の場合は想像しやすい。でも、男性がそういう手段で満たされるのは難しいだろうと。そのどうにもならなさ、生きづらさは男性の方が強いのではないかと思ったからです。

――作中でも、男性詩人と女性詩人の違いについて語るシーンがありますね。
あるキャラクターが、前述した理由から「女性詩人は生き残る」と言い切ります。極端な考え方ではありますが、共感できる部分はあるのかもしれません。ただ、主人公の「僕」が抱える生きづらさは、男女共通するものだと思ったので、男性主人公だから書きにくいということはなかったです。

――「創作で食べていきたいけれど、それがままならない人々の葛藤」の描写は、小説や音楽など様々な創作をしている人たちにも、共感できるものだと思います。
作中の彼らは、覚悟を決め、一線を越えてプロになる人たちではないと思うのです。昔書いた「2Bの黒髪」という短編(アンソロジー『19―ナインティーン』収録/メディアワークス文庫)では、Webマンガを描いている浪人生が主人公です。彼女は創作活動に怠惰であることを自覚している、でもその怠惰にさえ疲れている。「僕」も同じです。身も心も創作に捧げられる覚悟もなければ才能もない。でも創作を捨てられない。そのジレンマを抱えて生きている「僕」がどこに行き着くのかを、手探りで書いていきました。創作者たちの心情を深く掘り下げていくことで、創作の深淵を見たかなという気持ちはあります。

――詩人たちの死の謎を追う過程で、「僕」が創作の悩みと向き合い、けじめをつけるので、成長小説としても読めると思います。
傷を増やす行為と分かっていても、「僕」には知りたかった謎がありました。ただ、彼が知りたかった謎の真実と、私がこの作品を通して知りたかった謎の答えは、結局作中で見つけられなかったのかもしれません。でも、それはそれとして、「僕」は最後に何を選んだのか。私はどこまで書き切ったのかというのが、この作品らしい結末かなと思います。

――答えを見出すのは読者自身だということですね。
あと、カバーイラストのラフをいただいた時に、とても嬉しかったのです。というのは、読者にどう読まれるのかは、書き手には分かりませんよね。そんな不安を抱いていた中、作品を読んでいただいたイラストレーターの新岡さんが、作品を解釈し、リターンとして描いたイラストが、とても美しかったから。この話が美しいのか分からないけれど、読んだ方に美しいと受け取っていただけたなら、救いがあると感じたのです。

――書くのが大変だったシーンはありますか?
各章の扉に入る、各人の詩を書くのが大変でした。本業ではありませんし、殻を破れずに志半ばで死んでしまった人たちの詩なので、推敲が難しかったです。他には、初めてのミステリということで、情報開示の順番や伏線の張り方などが不安でした。なので、そこはミステリ作家の友人たちに色々と相談しました。せっかく戸川さんにご依頼をいただいたので、ミステリ的な描写は頑張らねばと。

――その他、印象的だったシーンはありますか?
ラストシーンです。何度書き直しても泣いてしまう……(笑)。本当に悲しくて、さみしいんですよ。バッドエンドのようでさみしいのではなく、「僕」が抱えるどうしようもない孤独のさみしさが描かれているからです。彼は結局、最後の最後までひとりぼっちなんです。長年孤独でさみしかったと「僕」は分かっているのに、目を背け続けている。そのさみしさが章を追うごとにどんどん増幅され、最終章で溢れ出す。彼のさみしさが、私の想定より凄かったのだなと気付いてしまったので、泣いてしまうんです。

――でも、その満たされない孤独は、創作と切り離せないと思います。
そのどうしようもないさみしさって、あらゆる創作に共通すると思うのです。「僕」のさみしさは仕方がないものだ。だけど、さみしさから目を背けてはいけない。それが読者にも伝わるといいなと思います。また、同じさみしさを抱えて創作をしている人たちにも、最終的に寄り添えるといいなと祈っています。

――また新しいミステリを書きたいと思いますか?
今の時点では考えていません。ミステリや現代詩を好む方々に受け入れられるのかという不安に打ち勝つように、全身全霊で書き上げたので。一番重い球を投げるから、歯を喰いしばって硬めのミットを構えてろ!というくらい(笑)。大正箱娘(デザインデータ).jpg
ただ、不思議なことに、同月にもうひとつ、ミステリを刊行することになったのです。『大正箱娘』 (講談社タイガ)は、密室が出てくるミステリです。もちろん、どっちが良い悪いではなく、各作品に込めた想いには歴然とした違いがあるのですけれどね。
で、たまたまミステリを連続刊行する流れになったことで、創作人生におけるターニングポイントになるのかな?という気もします。私が管理できることではないのですが、再びミステリを書くかもしれないという、おぼろげな予感があります。

――『現代詩人探偵』について読者にメッセージを。
読むのはしんどいです(笑)。でも、決して楽しい話ではありませんが、ぜひ最後まで読んでみてください。そうすれば、私が何を書きたかったのかが分かると思います。ラストシーンで描いた、「僕」が抱える孤独やさみしさに共感し、自覚する読者もいるかもしれません。でも、それに気付くことで、また誰かが救われるかもしれないとも思います。

――本日はありがとうございました。

紅玉いづき
1984年、石川県生まれ。金沢大学卒。2006年『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞し、07年同作でデビュー。過酷な現実に毅然と立ち向かうキャラクター造形と、叙情的な筆致が魅力の気鋭の作家。他の著作に『ガーデン・ロスト』『あやかし飴屋の神隠し』『サエズリ図書館のワルツさん』、児童文学作品の〈ようこそ、古城ホテルへ〉シリーズ、初の一般文芸作品として刊行された『ブランコ乗りのサン=テグジュペリ』などがある。

(2016年2月某日)


(2016年3月7日)



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