『百鬼園(ひゃっきえん)事件帖』(KADOKAWA 一六〇〇円+税)は、《ビブリア古書堂》シリーズの三上延(みかみ・えん)による、ドッペルゲンガー・テーマのダークファンタジー。地味で平凡な学生の甘木(あまき)は、行きつけの喫茶店でドイツ語教授の内田(うちだ)と知己を得、交流を重ねるうちにその周囲で起きる不思議な現象に巻き込まれて行く。我儘(わがまま)で感じやすく、金にいい加減、食にうるさく、猫と汽車が大好きな内田先生と言えば、もちろん内田百閒(ひゃっけん)のこと。夏目漱石(なつめ・そうせき)、芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)、随筆「長春香(ちょうしゅんこう)」に登場する長野初(ながの・はつ)といった死者のドッペルゲンガーが現れ、緊張感が増していく。甘木とは「某(なにがし)」を分解したものだという百閒の作品ではお馴染みのネタを随所に埋め込み、人気随筆家・百閒の誕生背景を描き出す。百閒ファンは必読の一冊。
『最果ての泥徒(ゴーレム)』(新潮社 二一〇〇円+税)は、『約束の果て 黒と紫の国』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞した高丘哲次(たかおか・てつじ)の第二作。時代は十九世紀末。泥徒の大量生産に成功し、産業革命を支える労働力を提供するヨーロッパの小国レンカフ自由都市。その技術を開発したカロニムス家のひとり娘のマヤは、弱冠(じゃっかん)十二歳にして自分の手で泥徒を創り出すことに成功する。ところがその喜びも束の間、カロニムス家の当主である父が何者かに殺され、家宝である〈原初の礎版(ピエルボトニ・ポドスタベク)〉が奪われてしまう。マヤは自分が産み出した泥徒と共に、父殺害の容疑者である弟子たちが暮らす米国(アメリカ)、日本、露国(ロシア)へと向かい、〈原初の礎版〉を取り返そうとするのだが……。錬金術的手法で生み出される泥徒を、実際の歴史の隙間に挿入し、近代史を読みかえる異色の歴史改変小説だ。
東曜太郎(ひがし・ようたろう)『カトリと霧の国の遺産』(講談社 一五〇〇円+税)も『最果ての泥徒』とほぼ同時代の英国を舞台にしている。下町育ちのカトリと裕福な女学生のリズが、神が絡む怪異を解決するシリーズ第二弾だ。カトリが働く博物館に、歴史から消えたネブラという街に関する膨大(ぼうだい)なコレクションが寄贈された。話題が欲しかった博物館は、鑑定も待たずにコレクションを公開するが、展覧会の来訪者が次々と姿を消す連続失踪事件が発生し、事件とコレクションとの関係を追っていたカトリも行方不明になってしまう……。謎解きも面白いが、カトリが抱く将来への不安が物語と重なり、説得力につながっている。児童向けなのでいたしかたないが、ネブラの風景をもっとゆっくり楽しみたかった。
日向理恵子(ひなた・りえこ)『ネバーブルーの伝説』(KADOKAWA 一七〇〇円+税)も同様で、ボリューム不足の感は否(いな)めない。相次ぐ戦争によって人も産業も壊滅的な打撃を受け、滅びかけている世界で、廃墟から朽ちた本を回収し、次の世代に届けるために書き写す若き写本士たちの物語だ。真実を伝える文字だけが、世界を変える力を持つと信じる彼らは、伝説の消えないインクを追い求める。派閥ごとに異なる色のインクを使い、異なるモットーを掲げる写本士という設定や、巨大な群れとなり文字を喰う〈白亜虫(ブランカー)〉などのガジェットは楽しげだが、少年兵や化学兵器など扱われる問題は陰惨(いんさん)かつ暴力的であり、闇は深い。
■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。