二〇二〇年に、カクヨムのWeb小説コンテストから『雲神様(くもかみさま)の箱』でデビューした円堂豆子(えんどう・まめこ)。新刊『杜ノ国の神隠し』(講談社文庫 七五〇円+税)の舞台は、奈良時代あたりの日本を思わせる〈杜ノ国〉だ。この国の中心は水ノ宮と呼ばれる社(やしろ)で、豊穣(ほうじょう)の女神を祀(まつ)っている。杜ノ国の郷(さと)は、水ノ宮に十年ごとにひとり、神子(みこ)となる子供を差し出す。村人もそれが贄(にえ)であることには、とうの昔に気がついていたが、仕方のないことと受け入れてきたのだろう。しかしついに、彼らは子供を宮に差し出すことを拒否する決意を固めた。その蜂起前夜、杜ノ国に大学生の真織(まおり)が迷いこむところから物語は始まる。立て続けに父母を亡くした彼女の心はからっぽで、生きる意欲を亡くしていた。ところが社の神域に出現した彼女は、意図せず、神官・玉響(たまゆら)から依り代(よりしろ)の印を奪い不老不死を手に入れてしまう……。
人が贄の儀式に疑問を抱きはじめたとき、神はどうするのか。人と神の思考は当然ながら同じではない。その認識のズレが、現代人である真織の視点から描かれるのだが、面白いのはフラットなはずの彼女が、生死を超えた神子となってしまったところだ。人から乖離し始めた彼女は、不死身の身体だからと、敵の攻撃を一身に受ける標的となり、手足をもがれようが意にも介さない。登場人物が皆理性的すぎる不満はあるが、既(すで)に続編の刊行も決まっているとのこと。残虐性や暴力性にさらに踏み込んだ展開を期待したい。
上田朔也(うえだ・さくや)『ダ・ヴィンチの翼』(創元推理文庫 一〇四〇円+税)は、ダ・ヴィンチが遺した超兵器の設計図を、ミケランジェロの命を受けた密偵が追うという、知の巨人の知恵比べのようなワクワク設定だ。フィレンツェやフランスの密偵、ヴェネツィアの魔術師、薬物で強化されたヴァチカンの刺客が入り乱れて、イタリア各地をめぐる。『ヴェネツィアの陰の末裔(まつえい)』と同じ、魔術によって改変されたルネッサンス期のイタリアを舞台にしているが、今回は前作とは異なり、少年が主人公のジュヴナイルテイストであり、独立した物語として楽しむことができる。まるで楽器を調律するように傷を治し、身体を整えていく癒(いや)しの魔法描写がいい。
トールキン家の子供たちの愛読書で、『ホビット』を書くきっかけとなったE・A・ワイク=スミスの『このすばらしきスナーグの国』。『新版 ホビット ゆきてかえりし物語』で注釈を執筆したダグラス・A・アンダーソンによって、この本の存在がトールキンのファンに広まり、一九九五年に復刻された。ただし本書『このすばらしきスナーグの国』(野口絵美訳 徳間書店 二一〇〇円+税)はその本ではなく、児童文学作家ヴェロニカ・コッサンテリによる再話版である。孤児院育ちの少年・少女が、スナーグの世界に迷い込む冒険譚で、ナンセンスな言葉遊びのセンスは『不思議の国のアリス』、展開は『ピーターパン』を思わせる。確かにスナーグがホビットを、旅の仲間となるゴルボはビルボやピピンを連想させる。果たしてトールキン一家が愛したという原典の方ではどうなのか、気になって仕方ない(のでAmazonでポチりました、kindle版もあります)。
『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美[たにがき・あけみ]編訳 東京創元社 三五〇〇円+税)は、『言葉人形』につぐ日本版オリジナル短篇集の第二弾。ファンタジイ、SF、ミステリ、ホラーなどバラエティに富んだ短篇が十四篇収録されている。集中のベストはネビュラ賞とSFマガジン読者賞を受賞した「アイスクリーム帝国」だ。共感覚を持つ「僕」が、コーヒー味のアイスクリームを食べたときに見える女の子に惹かれ、逢瀬(おうせ)を重ねる。日常と幻想の境界が揺らぐ不安や焦燥感の果てに、なぜかいきなり、まったく別のフェイズに立たされ唖然(あぜん)とする。此岸(しがん)と彼岸が入れ替わったとか、そういうありきたりな解釈では追いつかない不思議な読み心地が、フォードならではの面白さだろう。
人が贄の儀式に疑問を抱きはじめたとき、神はどうするのか。人と神の思考は当然ながら同じではない。その認識のズレが、現代人である真織の視点から描かれるのだが、面白いのはフラットなはずの彼女が、生死を超えた神子となってしまったところだ。人から乖離し始めた彼女は、不死身の身体だからと、敵の攻撃を一身に受ける標的となり、手足をもがれようが意にも介さない。登場人物が皆理性的すぎる不満はあるが、既(すで)に続編の刊行も決まっているとのこと。残虐性や暴力性にさらに踏み込んだ展開を期待したい。
上田朔也(うえだ・さくや)『ダ・ヴィンチの翼』(創元推理文庫 一〇四〇円+税)は、ダ・ヴィンチが遺した超兵器の設計図を、ミケランジェロの命を受けた密偵が追うという、知の巨人の知恵比べのようなワクワク設定だ。フィレンツェやフランスの密偵、ヴェネツィアの魔術師、薬物で強化されたヴァチカンの刺客が入り乱れて、イタリア各地をめぐる。『ヴェネツィアの陰の末裔(まつえい)』と同じ、魔術によって改変されたルネッサンス期のイタリアを舞台にしているが、今回は前作とは異なり、少年が主人公のジュヴナイルテイストであり、独立した物語として楽しむことができる。まるで楽器を調律するように傷を治し、身体を整えていく癒(いや)しの魔法描写がいい。
トールキン家の子供たちの愛読書で、『ホビット』を書くきっかけとなったE・A・ワイク=スミスの『このすばらしきスナーグの国』。『新版 ホビット ゆきてかえりし物語』で注釈を執筆したダグラス・A・アンダーソンによって、この本の存在がトールキンのファンに広まり、一九九五年に復刻された。ただし本書『このすばらしきスナーグの国』(野口絵美訳 徳間書店 二一〇〇円+税)はその本ではなく、児童文学作家ヴェロニカ・コッサンテリによる再話版である。孤児院育ちの少年・少女が、スナーグの世界に迷い込む冒険譚で、ナンセンスな言葉遊びのセンスは『不思議の国のアリス』、展開は『ピーターパン』を思わせる。確かにスナーグがホビットを、旅の仲間となるゴルボはビルボやピピンを連想させる。果たしてトールキン一家が愛したという原典の方ではどうなのか、気になって仕方ない(のでAmazonでポチりました、kindle版もあります)。
『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美[たにがき・あけみ]編訳 東京創元社 三五〇〇円+税)は、『言葉人形』につぐ日本版オリジナル短篇集の第二弾。ファンタジイ、SF、ミステリ、ホラーなどバラエティに富んだ短篇が十四篇収録されている。集中のベストはネビュラ賞とSFマガジン読者賞を受賞した「アイスクリーム帝国」だ。共感覚を持つ「僕」が、コーヒー味のアイスクリームを食べたときに見える女の子に惹かれ、逢瀬(おうせ)を重ねる。日常と幻想の境界が揺らぐ不安や焦燥感の果てに、なぜかいきなり、まったく別のフェイズに立たされ唖然(あぜん)とする。此岸(しがん)と彼岸が入れ替わったとか、そういうありきたりな解釈では追いつかない不思議な読み心地が、フォードならではの面白さだろう。
■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。