櫻田智也さんの〈エリ沢泉〉シリーズの第三作六色の蛹が5月に、今村昌弘さんの〈明智恭介〉シリーズ第一短編集明智恭介の奔走が6月にそれぞれ刊行されました。東京創元社主催のミステリ新人賞を経てデビュー後、ともに本格ミステリ大賞を受賞したお二人に対談をお願いしました。(紙魚の手帖』vol.17【2024年6月号】より転載)


■デビュー作とシリーズ化

――本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、おふたりの短編集についてお話をうかがっていきます。まずは執筆の経緯からお願いできますか?
櫻田 〈エリ沢泉〉シリーズは『六色の蛹』で三作目になりました。毎回コンセプトは特に無いのですが、シリーズの形式が変わらないのが僕の好みでもあるので、収録作品数をなるべく揃えていますね。
 一作目の『サーチライトと誘蛾灯』は、共通の探偵が出てくるけど、話は続いていない「シリーズ短編集」として書いたんです。ただ、今は「シリーズ短編集」は、各短編に繋がりがある「連作集」ととらえられることが多いので、それなら読者の期待に応えるものをと思って、二作目の『蝉(せみ)かえる』と今作を書きました。
今村 『明智恭介の奔走』は明智恭介を主人公にした初の短編集です。『屍人荘の殺人』(以下『屍人荘』)の映画公開前に〈剣崎比留子〉シリーズの二作目『魔眼の匣の殺人』が発売になったんですが、明智が登場する短編を『ミステリーズ!』に掲載したいというリクエストが編集部からあって、「最初でも最後でもない事件」を書きました。
『屍人荘』はデビュー作だったこともあり、明智が愛されるキャラクターだと思っていなかったんですよね。事件に首を突っこむ探偵のアイコンのような役にするつもりが、書いているうちにいい先輩キャラになってしまって……。映画で中村倫也さんが演じてくださったことで、よりキャラクターとしての形が確立し、その後も読者に育てていただいたと思います。
櫻田 現在のように受け止められることを見越して明智を書いたわけではないことは『屍人荘』を読んでわかっていたので、難しそうだなと思っていましたよ。
今村 そうなんです。エリ沢泉は、シリーズ化は考えていましたか?
櫻田 同じく、シリーズ化するつもりはありませんでした。第十回ミステリーズ!新人賞に応募するにあたり、泡坂妻夫さんの〈亜愛一郎〉を一発勝負のつもりで自分なりに書いてみたんです。
 実は、受賞する前の第九回の選評を意図的に読まなかったんです。それまでは毎回読んでいたんですが、書くときに意識しすぎるかなと思って……。そうしたら、ちょうどそのときの選評で、連城三紀彦さんのフォロワーと思われる応募者に向けた「上手な物真似ではなくオリジナリティを」という主旨のご指摘があって、応募後に読んでゾッとしました(笑)。
――シリーズ化は見越していなかったとのことですが、「エリ沢くん」「明智さん」と呼ばれ、読者に親しまれていますよね。キャラクターの名前はどのように決まりましたか?
今村 ミステリ好きなら馴染み深く、いかにも活躍しそうな名前をドッキングして考えました。不純な動機です(笑)。
櫻田 デビューの時から、今村さんは登場人物の名前の付け方には定評がありましたもんね(笑)。
今村 応募時は怒られないか心配だったんですよ(笑)。エリ沢泉はイメージ通りですよね。口にした時の響きがさっぱりしていて、切れが良いし。
櫻田 ありがとうございます。鮎川先生のお名前をイメージしつつ、亜愛一郎にちなんで「あ行」の名前になるように考えました。実は応募作を執筆中に北海道に引っ越すことが決まり、早々に北海道の温泉ガイド本を見ていたんです。そうしたら、「エリ」の字を使った温泉があって、コレだと思いました。


■創作過程

櫻田 『六色の蛹』に関しては、一話目と二話目は事件と真相から考えました。三話目は舞台となった埋蔵文化財センターから、ですね。四話目は、他の話よりも虫の要素を強めに入れようと発想しました。五話目と六話目は一冊にまとまることを意識して、物語の大枠から作りました。事件と真相から話を拵(こしら)えるほうが内容がすっきりして、物語や舞台先行で考えると枚数が長くなりますね。
今村 虫関連は勿論ですが、狩猟や音楽、フランス語とか『六色の蛹』を読んでいるだけでも知識の幅がすごいなと思いました。もともとご存じだった題材を扱っているんですか?
櫻田 興味があることを取り上げていますね。北海道ではヒグマ問題が深刻なので、狩猟の話題はよくニュースになるんですよ。埋蔵文化財センターは僕自身がそこでアルバイトをした経験があって。調べた結果を書きすぎると読みづらくなるので、嘘もちりばめています。
今村 専門知識の説明も頭に入ってきやすくて、櫻田さんの作品はミステリ読者以外にも薦めやすいんですよ。
櫻田 そう言っていただけると嬉しいです。今村さんはどこから考えてますか?
今村 今回は、不可解な状況とその解決方法から考えました。明智は山奥や孤島のようなクローズド・サークルには行かないし、殺人事件も極力扱わないと決めていたので、大学やその近隣を舞台に不可解な状況を作るのに苦労しましたね。「最初でも最後でもない事件」は大学という場所、「宗教学試験問題漏洩事件」はトリック、「とある日常の謎について」はミステリ読者が反応してくれる題材とその解決方法、「泥酔肌着引き裂き事件」は知人から聞いた実話、書き下ろしの「手紙ばら撒きハイツ事件」は探偵事務所ならではの事件から、それぞれ考えました。
――収録作の中で、思い入れのある短編をあげるとしたら、どれでしょうか?
櫻田 二話目の「赤の追憶」ですね。一話目の「白が揺れた」は狩り場の山を舞台にした、男性しか登場しない作品だったので、対になるように柔らかい題材を入れたくて。女性を主人公にしたシンプルな謎解きを、思い描いた通りに書けたので気に入っています。
 四話目の「青い音」は、アイデアをどうやって謎解きの形にするかで悩みました。僕の場合、ひねろうとせずに素直に書いた方がいいかもしれません。
今村 苦労したという意味では「最初でも最後でもない事件」ですね。短編を書いた経験がほとんど無く、結果的に長編ミステリをぎゅっと縮めたような形になりました。要素が多く、真相をどう読みやすくするか悩んだ記憶があります。
 印象深いのは、「とある日常の謎について」。執筆したのは四番目で、それまでの葉村譲視点の短編とは少し違う形にしたかったんですが、「商店街にいる普通のおじさんも書けるんですね」と言われました(笑)。
櫻田 とってもよいですよ! 僕は「とある日常の謎について」が一番好きです。葉村以外の視点の話を入れたのは、何か意図があったんですか?
今村 いろんな視点から見た明智像を書きたかったんです。商店街のおじさんから見るとミステリ好きの変な学生、探偵事務所の所長から見るとあぶなっかしい若者、という感じに。
櫻田 なるほど。葉村以外の視点の作品が入って、短編集として奥行きが出ましたよね。
今村 櫻田さんにそう仰っていただけると自信になります。「とある日常の謎について」は、元ネタを知らないと楽しめないかも知れないという不安もあったんですが、短編集ならミステリ読者に向けた作品が一つあってもいいかな、と思って。
櫻田 「宗教学試験問題漏洩事件」でチェスタトンの「見えない人」への言及を読んで、若い頃に読んだ新本格ミステリの作品を思い出しました。当時は小説から古典や翻訳の名作ミステリを教えてもらいましたね。
今村 短編を書くたびに、編集者から「明智さんがミステリ作品に言及しなくていいですか?」という指摘が入って、大学生はそんなにミステリの話をするのか? と思いながら書いています(笑)。
櫻田 ミステリの作中でミステリに言及するのは勇気がいりますね。「とある日常の謎について」は過去の名作がオマージュではなく、仕掛けとして出てくるのがチャレンジングで、でも成立しているところがいいんです。
――二作とも、収録作とは違う書籍としてのタイトルがついていますが、各短編のタイトルはどのように考えましたか?
櫻田 今回、各話のタイトルは色縛りです。あとがきでも触れたんですが、エリ沢くんが事件に登場する動機なので虫要素は外せないんですけど、タイトルに虫の名前が入っていると敬遠する方もいるのではないかという懸念があって、雰囲気を変えたいと思っていました。そこで虫要素のない書籍用のタイトルも考えたんですが、でもこのシリーズらしさは虫かなということになり……。『六色の蛹』は、どの短編も過去への後悔、消化しきれない思いを扱っているので、過去を引きずっている成虫になる前の蛹、というイメージからつけました。
今村 〈明智〉シリーズは、少々マヌケなタイトルで揃えたかったんです。大学生の日常だったら、こういう事件名のほうが合っていると思っていて。「最初でも最後でもない事件」も、当初は「泥棒気絶事件」だったんです(笑)。短編集のタイトル『明智恭介の奔走』も、かっこいい感じではなく、失敗しながら謎を追っているイメージでつけました。

【《後編》はこちら】




*本記事は『紙魚の手帖 vol.17 JUNE 2024』掲載の対談を記事化したものです。(編集部)



■今村昌弘(いまむら・まさひろ)
1985年長崎県生まれ。岡山大学卒。2017年『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は『このミステリーがすごい!2018』、〈週刊文春〉ミステリーベスト10、『本格ミステリ・ベスト10』で第1位を獲得し、第18回本格ミステリ大賞[小説部門]を受賞、第15回本屋大賞3位に選ばれるなど、高く評価される。映画化、コミカライズもされた。シリーズ第2弾『魔眼の匣の殺人』、第3弾『兇人邸の殺人』も各ミステリランキングベスト3に連続ランクイン。2021年、テレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として参加。他の著作に『でぃすぺる』がある。

■櫻田智也(さくらだ・ともや)
1977年北海道生まれ。埼玉大学大学院修士課程修了。2013年「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞。17年、受賞作を表題作にした連作短編集でデビュー。18年、同書収録の「火事と標本」が第71回日本推理作家協会賞候補になった。21年、『蝉かえる』で第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞。最新作は『六色の蛹』。