◎INTERVIEW 期待の新人 羽生飛鳥『歌人探偵定家 百人一首推理抄』

若き藤原定家が和歌の絡む謎を解く、『歌人探偵定家 百人一首推理抄』を上梓した羽生飛鳥さんにお話を伺いました。


――最初に、簡単な自己紹介をお願いいたします。
 羽生飛鳥(はにゅうあすか)です。歴史小説と本格ミステリの融合をモットーに、日本の中世を舞台にした歴史ミステリを書いております。それから、齊藤(さいとう)飛鳥名義で児童文学を書いており、四月には〈シニカル探偵安土真(あづちまこと)〉シリーズ(国土社)の最新刊を上梓(じょうし)しました。こちらは現代を舞台にして日常の謎を中心にしたもので、だいぶ作風が異なります。しかし、どちらも自分が好きな本格ミステリ作品のネタを物語中に投入しているので、執筆時にこめている愛は同じです。

――二〇一八年「屍実盛(かばねさねもり)」で第十五回ミステリーズ!新人賞を受賞し、二〇二一年に刊行された同作を収録したデビュー作『蝶として死す 平家物語(へいけものがたり)推理抄』や、その続編『揺籃(ようらん)の都 平家物語推理抄』では、平家の生き残り・平頼盛(たいらのよりもり)が主人公でした。今回は藤原定家(ふじわらのていか)が主人公の連作ミステリです。定家を探偵役にしようと思いついたきっかけは?
 打ち合わせで担当編集のIさんから、「新作はテーマや主人公を変えてみましょう」との提案の際に、平頼盛の子孫と有名人のコンビによる謎解きという、非常に魅力的なアイディアをいただいたのがきっかけです。
 今まで読んできた資料には定家が書いた『明月記(めいげつき)』が引用元のものが多く、平安時代末期から鎌倉時代を知る上で貴重な記録を残してくれたありがたい御仁(ごじん)だと親しみを覚えていたことと、史実の彼が頭がよくてエキセントリックという非常に探偵役に向いている人柄であることが決め手でした。

――メインとなるのは、探偵役である和歌をこよなく愛する定家と、ワトスン役である平頼盛の長男・平保盛(たいらのやすもり)。彼らの造形はどのように決めていったのでしょうか?
 定家の方は『明月記』という彼の日記のおかげで、その記述に基づき、すぐに人物造形ができました。逆に保盛の方は難航しましたが、担当編集のⅠさんから、「読者に親しみやすいキャラにしてみては?」とのアドバイスをいただき、「父と同じ検死という特技を持っているために定家からワトスン役に抜擢(ばってき)されてしまった、気苦労の多い長男」という今の造形に落ち着きました。ここから、バディ物の王道である凸凹(でこぼこ)コンビぶりにしようと、史実で定家が病弱だったことと、保盛が木曾義仲(きそよしなか)軍との戦いに参戦していたことを対比させ、病弱と屈強の組み合わせにしました。

――第一話ではバラバラ死体の生首に、紫式部(むらさきしきぶ)の和歌が添えられた謎が登場します。非常にインパクトのある事件ですが、どのようにして着想を得たのでしょうか?
 紫式部の和歌が好きなので、その内容に合った事件として、『今昔物語(こんじゃくものがたり)』の月夜の晩の鬼によるバラバラ殺人が合うと考え、被害者の名前を紫式部の和歌の一節から取って事件と絡めました。さらに、和歌が絡んでいるとすぐにわかるようにする、第一話なので読者のインパクトをさらうという、この二つの目的から、『病院坂の首縊(くく)りの家』オマージュも兼ねて、生首に和歌が添えられた謎になりました。

――第二話は、定家たちが西行(さいぎょう)から聞いた、彼が若い頃に遭遇した密室からの人間消失の真相を探る、安楽椅子探偵形式です。本作の執筆で意識したことは?
 一話目が生首に和歌が添えられたバラバラ殺人という猟奇的な事件だったので、二話目も同様の事件では読者が食傷気味になると考え、誰もが安心して読める穏やかなミステリになることを意識して執筆しました。

――第三話では、河原に捨てられた屍が、在原業平(ありわらのなりひら)の和歌に見立てられた謎が登場します。見立て殺人を取り上げた理由は?
 一度は見立て殺人を書いてみたいと思っていたからです。そこへ担当編集のIさんから「在原業平の『からくれなゐに みづくくるとは』の和歌による見立てで、川が女の死体で血染めになっている殺人事件を書いてみませんか?」との提案があったので、迷わず飛びつきました。この魅力的な設定から、自分はどんな謎を作り、かつ解答を導き出すのか、とても血が騒ぎ、腕が鳴りました。

――第四話では、かつて都を襲った「安元(あんげん)の大火」の火災原因の謎を解く鍵として、菅原道真(すがわらのみちざね)の和歌が取り上げられます。ユニークな設定ですが、トリックと和歌、どちらから思いついたのでしょうか?
 こちらは、トリックから思いつきました。それから、百人一首の和歌の中から、火災原因を解く鍵となる意味に解釈できるものはないか、百人一首や和歌の本を何冊も読み、ようやく合致したのが菅原道真の和歌でした。

――第五話では、衆人環視の中、式子内親王(しょくしないしんのう)の周りにいた女房たちが連続怪死を遂げる事件に挑みます。読み応えのある一編ですが、書く上で意識した点は?
 意識した点は、「衆人環視の中の殺人」と「消えた凶器」という本格ミステリの王道テーマをやりたかったので、それらが中世の日本でも成立するように状況設定や人物配置に気をつけたことです。工夫した点は、これまでの四つの話のいずれかに登場する歴史蘊蓄(うんちく)が、事件を解く鍵となるように書いたことです。

――そしてラストでは、各話に張られていた伏線が明かされ、ある真相が浮かび上がります。連作ミステリならではの構成が美しいと思いました。
 ありがとうございます! 今回は最初から連作短編を一冊分まとめて書けるため、きちんと各話に伏線を張り巡らした上で最終話に意外な真相が浮かび上がる王道の構成を目指していたので、嬉しいと同時に安心もしました。これからも、精進します!

――平安時代ならではのトリックや真相が明かされる本格ミステリの面白さや、和歌や当時の文化風俗などの歴史蘊蓄も楽しめる、充実の内容ですね。
 さらに、自分が好きな本格ミステリ作品をリスペクトしていくつもネタを仕込んでおりますので、そちらを見つけていただく楽しみも用意しております。この他にも、主人公の定家の史実に則したネタも多数仕込んでおきました。ちょうど今年の四月に藤原定家直筆の『古今和歌集(こきんわかしゅう)』の注釈書という、国宝級の大発見があったことを受けて定家に興味をお持ちになられた方にも、楽しんでいただけると思います。

――書いていて楽しかったシーン、印象的だったシーンはありますか?
 普段は敬語で話す定家が、和歌に絡んだことになると興奮して話し方が豹変(ひょうへん)するシーンが書いていて楽しかったです。印象的だったシーンと言いますか、読者の皆様に印象付けたいと思って書いたシーンは、三話目のラストです。自分が今まで書いた物語にはない読後感に挑戦しました。

――好きな作家と作品を教えてください。
 好きが多すぎるため、今回は「十回以上繰り返し読んでいる作品」という基準を設けてお答えします。ミステリでしたら、アガサ・クリスティの『鏡は横にひび割れて』『五匹の子豚』、カーター・ディクスンの『貴婦人として死す』です。特に『貴婦人として死す』は始めは図書館で借りたのですが、謎、探偵、物語、登場人物、演出、展開、構成、意外な真相などなど、あまりにも好みだったので書店で購入したほどです。H・M卿の登場シーンや骨折原因に腹の皮がよじれるほど笑わせておきながら、情緒的な結末を用意したディクスンのストーリーテラーぶりが心憎いです。歴史の方は、布野栄一(ふのえいいち)編『芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ) その歴史小説と「今昔物語」』です。『今昔物語』を題材にした芥川作品だけをまとめたもので、元となった『今昔物語』の原文と現代語訳と解説も掲載されている優れものです。スラム化した平安京という舞台設定にむしょうに浪漫(ろまん)を感じる性分なので、収録作品の『羅生門(らしょうもん)』『偸盗(ちゅうとう)』が特にお気に入りです。芥川万歳。

――ご自身で目指す理想のミステリはありますか?
 物語と謎解きのバランスがよく取れていて、何度読んでも楽しめる、アガサ・クリスティのようなミステリが理想です。

――今後書きたい題材や抱負などをお聞かせください。
 歴史物では、日本の中世に流行した『野馬台詩(やまたいし)』という予言の書かれた暗号詩を題材にした宝探し暗号ミステリです。これに連続殺人を絡めようとしたものの、まだ一つしか思いつけておらず、ネタ帳の肥やしとなっております。
 現代物では、アメリカで起きた未解決事件『ブラック・ダリア』事件を日本に置き換えた長編ですが、どんな探偵役なら効果的に書けるかとつまずき、こちらもネタ帳の肥やしとなっております。このように、書きたい思いばかりが先走って考えがまとまっていないので、今後の抱負は「自分の頭を整理すべし」です。

――最後に、本誌の読者にメッセージをお願いします。
『歌人探偵定家 百人一首推理抄』は、歴史ミステリであり、源平(げんぺい)合戦が終わっても混沌とし続ける世の中を真摯(しんし)に生きる定家と保盛、二人の若者の青春ミステリでもあります。ご興味とお時間がありましたら、お手に取っていただければ幸いです。それから、Web東京創元社マガジンにて、伊吹亜門(いぶきあもん)先生と戸田義長(とだよしなが)先生と共に交換日記も始めました。こちらも機会があれば御覧下さいませ。



羽生飛鳥(はにゅう・あすか)
1982年神奈川県生まれ。上智大学卒。2018年「屍実盛(かばねさねもり)」で第15回ミステリーズ!新人賞を受賞。2021年同作を収録した『蝶として死す 平家物語推理抄』でデビュー。同年、同作は第4回細谷正充賞を受賞した。他の著作に『揺籃の都 平家物語推理抄』『歌人探偵定家 百人一首推理抄』『『吾妻鏡』にみる ここがヘンだよ!鎌倉武士』がある。また、児童文学作家としても活躍している(齊藤飛鳥名義)。


【本インタビューは2024年6月発売の『紙魚の手帖』vol.17の記事を転載したものです】

紙魚の手帖Vol.17
ほか
東京創元社
2024-06-12


歌人探偵定家 百人一首推理抄
羽生 飛鳥
東京創元社
2024-06-12