キム・スタンリー・ロビンスンが二〇二〇年に刊行した長編『未来省』(瀬尾具美子[せお・くみこ]訳 坂村健[さかむら・けん]解説 パーソナルメディア 三〇〇〇円+税)は、もはや後戻りできない地点まで来ている地球温暖化の危機という問題意識を、きわめて文学的な方法で突きつけてくる気候変動SFだ。未来省とは、パリ協定に基づいて設立された国際組織。彼らが、温暖化による気候変動が危機的な状況にあり、未来の世代が現役世代と同等の権利を持つという立場から事態の改善に取り組んでいく物語を、未来省の責任者メアリーと、インドで発生し、二千万人以上が死亡した熱波の生き残りフランクの視点を中心に、一〇六の短い章で描く。その二人以外にもさまざまな一人称が現れ、南極で雪解け水を凍らせて底面滑走を食い止めるプロジェクトや、利益を優先して環境への負荷を続ける経済人たちを襲撃するテロリスト、政治的な思惑に振り回される難民たちといった人々の群像に加え、太陽や原子といったさまざまなモノやときには概念が語り出す多声的な構成で、議事録やメモ、新聞記事やコラム、詩、セミナー、ダイアローグなどといった形式の断章も挿入される。作品内に盛り込まれた、追跡可能な電子マネーなどの脱炭素のために経済構造を変革するアイディアも興味深いものだが、何よりこの小説で衝撃的なのはテロリズムをほぼ肯定しているところだろう。飛行機をドローンで爆破し数千人を殺害、世界を支配する経済エリートを誘拐して脅す。そうやって動揺した世界に経済的なインセンティヴを加えた新技術を導入することで「風向き」を変えるという物語の展開は、それがあまりにもスムーズに進むためにほとんど夢物語的な印象を与え、かつ多彩な語りの効果も相あい俟まってアイロニカルな黒い笑いを誘発する。そんな残酷な世界で、激しいトラウマに翻弄され続けながらゆっくり死へと移行するフランクの最後まで運命に苦しむ姿と、引退後も精力的に活動し「わたしたちは進みつづける」と決然と語るメアリーの強さは等しくあまりにも人間的で、全編にわたって描かれる人間の思惑など完全に超越した自然の厳(おごそ)かな美しさの前にはあまりにも儚(はかな)い。


 川端裕人(かわばた・ひろと) 『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会 二七〇〇円+税)は、アリスで有名な絶滅鳥に関するノンフィクション『ドードーをめぐる堂々めぐり』(岩波書店)の著者による、その知見を縦横に生かした長編小説。クラスで浮いた存在だった二人の少女タマキとケイナは、生物への興味で仲良くなりやがて離れ離れになるが、タマキは科学ジャーナリスト、ケイナは獣医の資格と経験を持ちながら分子生物学的研究に進んだ変わり種として再会。ケイナはゲノム編集によって絶滅鳥を再生するプロジェクトを進めていて、タマキはケイナの仕事をめぐる倫理的問題に直面する。慎重なタマキと率直なケイナのすれ違いと衝突を通して、人間と自然の関わりを「絶滅」という視点からさまざまな角度で検討する科学小説で、同時に歴史といかに向き合っていくか、という人文学的問いも浮かぶ。


 ジェフリー・フォード『最後の三角形』(谷垣暁美[たにがき・あけみ] 編訳 東京創元社 三五〇〇円+税)は、日本オリジナル短編集第二弾。今回はSF、ミステリ、ホラーなどのジャンル小説よりの作品を集めたもの。共感覚を持つ少年が、コーヒーの味とともに現れる少女にせつない恋をする「アイスクリーム帝国」、地球と映画で交易する虫の住民の星で、行き場をなくした主人公が権力者の欲しがる映画を求めて未亡人に会いにいくハードボイルドSF「エクソスケルトン・タウン」、老いた宇宙飛行士と、彼が若い時に異星で出会ったオレンジ色の肌を持つ女性との運命的な恋を描く「ばらばらになった運命機械」など、クラシックな香気の漂う十四編を収録する。



■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。


紙魚の手帖Vol.14
ほか
東京創元社
2023-12-11