70周年キービジュアル

東京創元社では創立70周年を記念し、文芸誌『紙魚の手帖』にて豪華執筆陣による特別エッセイ「わたしと東京創元社」を掲載しています。

●その1:笠井潔、北村薫、田口俊樹『紙魚の手帖』vol.15(2024年2月号)掲載


●その2:辻真先、エドワード・ケアリー『紙魚の手帖』vol.15(2024年2月号)掲載



本日と来週は、『紙魚の手帖』vol.16(2024年4月号)に掲載されたエッセイをご紹介いたします。


芦辺拓 Taku Ashibe

 縦書き右開きの孤島ミステリと横書き左開き都市サスペンスが真ん中の袋綴じ解決篇で合体する本、ちょん髷時代から昭和戦前戦後のニッポン名探偵五十人(のち二名増員)が競演し、巻末には読書に便利な名鑑つきの本、全編ペダントリーと怪しい図版とルビだらけの本、さして人気があるわけでもない探偵の年代記(クロニクル)、スチームパンク世界での少女探偵の活躍譚、大阪商家が舞台の一家一族もの(大絶賛帯付き!)――文庫ともなればボーナストラックに図版増量、扉絵描き下ろしという大盤振る舞い。

 ああ、かくも楽しき本作りをしてくれる出版社がほかにあるでしょうか。しかもうれしいことには、それらは全て芦辺拓の著書であるという! あとやってないのは仕掛け絵本と漫画ぐらいですか。まさに都筑道夫先生における東都書房ないし桃源社に当たる東京創元社を、豈(あに)愛さざるべけんや。

 たぶんみなさん、思春期の創元推理文庫との出会いやデビュー時の思い出とか書かれると思いますが、その裏をかいて(?)ほかではたぶん出せない本を出してくれた御社と担当女史への感謝をこめ、自分語りならぬ自著語りをさせていただきました。

作家。1958年大阪府生まれ。同志社大学卒。86年「異類五種」で第2回幻想文学新人賞に佳作入選。90年『殺人喜劇の13人』で第1回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2022年『大鞠家殺人事件』が第75回日本推理作家協会賞ならびに第22回本格ミステリ大賞を受賞。著書に『森江春策の災難』『大江戸奇巌城』などがある。最新刊は『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』。

綾辻行人 Yukito Ayatsuji

 小学校五年の終わりごろ。近所の書店の、 一階奥の片隅のささやかな空間にある日、創元推理文庫の棚を見つけた。子供向けの乱歩やルブランなどの本をひととおり読んでしまっていた僕は、この発見に大興奮。以来その書店へ行くたび、その棚の前で多くの時間を過ごすようになった。

『黄色い部屋の謎』に始まる当時のラインナップが整然と並んだ棚の様子を、今でもよく思い出せる。推理小説に詳しい友人・知人がいたわけでもなく、今のようにネットで情報を得られる時代でもなかった。たとえばクイーンの国名シリーズやレーン四部作の存在にしても、僕はその棚で実物を手に取って初めて知ったのだった。

 推理小説の面白さに取り憑かれてまだ日も浅い少年の目には、まさに宝の山に見えた。そこに並んだタイトルを眺めて「これがぜんぶ推理小説なんだ」と思うだけで、どうしようもなく胸が高鳴った。思い返すと、何という幸せな季節であったことか。あれから五十年余りの時間が経ったが、間違いなく僕は、あのささやかな空間から未来へ延びた道をまっすぐに歩んできてしまった。――東京創元社に感謝、です。

作家。1960年京都府生まれ。京都大学大学院修了。87年に『十角館の殺人』でデビュー。92年『時計館の殺人』が第45回日本推理作家協会賞を受賞。2018年には日本ミステリー文学大賞を受賞した。著書に〈館〉シリーズ、『Another 2001』などがある。

貫井徳郎 Tokuro Nukui

 当たり前のことながら、予知能力者でもない身には人生の転換点が来たとその瞬間に察することはできません。新潮文庫で出ていたルパン、ホームズの大半を読み終えた中学生のぼくは、父が持っていた創元推理文庫『ポワロの事件簿1』を手にしました。ポワロとヘイスティングズがホームズとワトスンみたいだなと楽しく読み、以後、クリスティを読み進めました。あのタイミングで創元推理文庫を見つけていなければ、もしかしたらミステリーの沼には入り込まなかったかもしれません。

 ほとんど翻訳小説しか出していなかった東京創元社が、後に日本人の作品も出すようになるとは予想しませんでした。まして、自分がそこでデビューして小説家になるとは、夢想すらしていなかったです。何気なく創元推理文庫を手に取ったあの瞬間に人生が決していたのかと思うと、どうにも不思議な感慨を覚えます。

作家。1968年東京都生まれ。早稲田大学卒。93年『慟哭』が第4回鮎川哲也賞の最終候補作となり、同書でデビュー。2010年『乱反射』が第63回日本推理作家協会賞を、『後悔と真実の色』が第23回山本周五郎賞を受賞。著書に『ミハスの落日』『紙の梟 ハーシュソサエティ』などがある。最新刊は『龍の墓』。



本記事は『紙魚の手帖』vol.16(2024年4月号)に掲載された記事「わたしと東京創元社」の一部を転載したものです。



紙魚の手帖Vol.16
ほか
東京創元社
2024-04-10


大鞠家殺人事件
芦辺 拓
東京創元社
2021-10-12


黄色い部屋の謎【平岡敦訳】 (創元推理文庫)
ガストン・ルルー
東京創元社
2020-06-30


慟哭 (創元推理文庫)
貫井 徳郎
東京創元社
2012-10-25