◎INTERVIEW 期待の新人 松樹凛『射手座の香る夏』
松樹凛さんにお話を伺いました。
――簡単な自己紹介をお願いいたします。
松樹凛(まつき・りん)、1990年生まれです。第12回創元SF短編賞で正賞を頂いてデビューしました。趣味は釣りと登山とキッズアニメ。大学時代はミス研に所属していましたが、縁あってSF作家として活動しています。
――これまでの投稿歴、執筆歴について教えてください。
オリジナルの小説を書き始めたのがいつだったのか、はっきりしたことはあまり覚えていないのですが、たぶん小学校高学年~中学生くらいだったと思います。きっかけもあまり覚えていないのです。ただ、『ムーミン谷の十一月』を読んだときに、「自分はもうこれ以上ムーミンの小説を読めないのだ」という事実に思い至ってショックを受け、自分でお話を考えるようになった記憶はあります。
新人賞への応募を始めたのは大学一年生の頃でしたが、初めて一次選考を通過するまで、そこから六年くらいかかりました(笑)。
創元SF短編賞への応募は比較的最近で、全部で四回送っています。一回目が一次落ち、二回目が二次落ち、三回目(第11回)が最終落ちで、四回目で受賞しました。ちょうど階段を一段ずつ上った感じです。応募するようになった一番の理由は、この賞が短編の賞だったからです。短編、かつエンタメで、かつ出版社が主催している(プロデビューに結び付く)賞というのは、かなり貴重だと思います。もともとはミステリーズ!新人賞の方に応募していたのですが、せっかくだからSFの方にも送ってみよう、と思ったのがきっかけでした。
――松樹さんは創元SF短編賞受賞の前年に開催された、児童文学誌『飛ぶ教室』第51回作品募集にて佳作入選されています。本書『射手座の香る夏』もまた、「大人の読者に向けたジュブナイル小説」とも呼べるような内容を備えているように思います。青少年を主人公に据えることや、若く幼い日々へのある種のノスタルジーを作品に織り込むことについての思い入れを伺えましたら幸いです。
子供の話が好きというより、大人の話にあまり興味が持てないのだと思います。「まあ、大人なんだし各々(おのおの)よろしくやってください」という気持ちになってしまって……。逆に、十代の中盤というのは、大人の世界が徐々に近づいて色々なものが見えてくるんだけども、そのどれにもまだ手が届かない時期だと思っていて、そういうもどかしさみたいなものに、個人的には魅力を感じています。
また、小説という表現形式にとって、ノスタルジーは大きな武器の一つです。たとえば何や経験がそ気ない情景描写であっても、不思議と懐かしさを覚えることがあります。想像力を働かせながら文章を読んでいくうちに、読者自身の思い出がそこに滲(にじ)み出していくわけですね。もちろん、それは必ずしも純粋な回顧というわけではありません。ノスタルジーの役割とは、読み手の「そうあった過去」を「あったかもしれない過去」にずらしていくこと、それを経由して「ありえるかもしれない未来」に連れて行くことだと思っています。
――単行本で新たに加わった「さよなら、スチールヘッド」は、それぞれの身体性に思い悩む人工知性の少年少女たちをめぐる作品で、第11回創元SF短編賞の最終候補作に大幅に手を入れていただく形で完成しました。
「さよなら、スチールヘッド」は、応募当時から自分のなかでかなり「しっくり」きていた一作で、最終候補に残ったときも(数年ぶりの最終入りだったこともあり)大変嬉(うれ)しかった記憶があります。受賞は出来なかったのですが、評判自体はそれなりに良かったこともあり、デビューの直後から当時の担当さんと「いつか改稿して世に出しましょう」という話をしていました。ただ、私がどんどん新しい話を書きたくなってしまったせいでずるずると後回しになり、結局単行本を出すタイミングで、となった経緯があります。
ということで、去年の初めに当時の応募原稿を読み直したのですが、改めて読むと商業作品の水準にまったく達していない! ということに気づいてしまい、大幅にリライトすることを決意しました。不満点は主に、①話がこぢんまりしすぎている、②「AIも人間である」というメッセージを強調するあまり人間中心主義に寄りすぎている、の二点でした。何度か書き直したもののなかなかしっくりこず、最終的に「AI」の対極としての「ゾンビ」を導入するというアイデアが生まれました(いきなり無からゾンビが生えてきたので、担当氏はさぞ驚いただろうと思います)。この作品ではAIの存在を「生命(身体)なき精神」であると定義しており、その反対物は何だろうと考えたときに「精神なき生命(身体)」であるゾンビだと思い至ったわけです。
もともと、この作品は執筆当時の私の体調を反映しており、「いっそ身体がなかったら楽だったのに」「いや、むしろ吐ける身体がないのに吐き気だけあったら最悪だな」という思いつきから始まったものでした。それから考えるとずいぶん遠くまで来てしまったように感じますが、この道程が正しかったのかどうかについては、読者の方々にご判断いただければと思います。
――そんな「さよなら、スチールヘッド」には、永遠に夏が続く仮想世界が登場しますが、本書に収められた他の三編もまた、さまざまに異なった夏を扱っています。夏という季節そのものや、夏を舞台とした作品についての特別な思いはございますでしょうか。
夏、あんまり好きじゃないんですよね(笑)。
個人的には秋とか冬の方が好きです。空気もピリッとしていて気持ちがいいし、街路樹の葉が落ちて寂しい姿になっているのを見ると元気が出ます(夏は世の中みんなが頑張っている気がして落ち着きません)。
ただ、夏には独特の寂しさがあります。終わる間際になって「もしかしたら夏のこと、好きになれたのかもしれないな」とうっすら後悔する、そういうタイプの寂しさです。私にとって小説とは、自分が抱(いだ)けなかった欲望について書くものであり、夏という季節はその象徴だと言えるかもしれません。もちろん単純に、情景描写を豊かにしやすいという実際的な理由もありますが。
――今後書きたい題材や抱負があればお聞かせください。
今後の執筆予定についてはとりあえず一つありまして、実は元々この短編集にはもう一作、書き下ろし作品が収録される予定だったのです。シャーマニズムとキャラクタービジネスをテーマにした作品になるはずだったのですが……、「さよなら、スチールヘッド」が長くなりすぎてしまった結果、収録するページ的な余裕がなくなってしまいました。ひとまずはこの「幻の5作目」をきちんと仕上げて、世に出したいですね。その後のことはまだ何も決まっていませんが、そろそろ長編に挑戦したい気持ちもあります。自分の中の「若者」の残滓(ざんし)が消えないうちに、ジョン・グリーンのような青春小説を書き上げられると良いのですが。
――最後に、本誌の読者に向けて一言お願いいたします。
自分が作家になり、こうして本を出せる日が来るとは夢にも思っていませんでした。もしかすると本当に夢かもしれないので、皆さんも実際に買って確かめてみて頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします。
夏を舞台とした青春SF四編を収めた
デビュー作品集『射手座の香る夏』(2024年2月下旬刊)を上梓する松樹凛さんにお話を伺いました。
――簡単な自己紹介をお願いいたします。
松樹凛(まつき・りん)、1990年生まれです。第12回創元SF短編賞で正賞を頂いてデビューしました。趣味は釣りと登山とキッズアニメ。大学時代はミス研に所属していましたが、縁あってSF作家として活動しています。
――これまでの投稿歴、執筆歴について教えてください。
オリジナルの小説を書き始めたのがいつだったのか、はっきりしたことはあまり覚えていないのですが、たぶん小学校高学年~中学生くらいだったと思います。きっかけもあまり覚えていないのです。ただ、『ムーミン谷の十一月』を読んだときに、「自分はもうこれ以上ムーミンの小説を読めないのだ」という事実に思い至ってショックを受け、自分でお話を考えるようになった記憶はあります。
新人賞への応募を始めたのは大学一年生の頃でしたが、初めて一次選考を通過するまで、そこから六年くらいかかりました(笑)。
創元SF短編賞への応募は比較的最近で、全部で四回送っています。一回目が一次落ち、二回目が二次落ち、三回目(第11回)が最終落ちで、四回目で受賞しました。ちょうど階段を一段ずつ上った感じです。応募するようになった一番の理由は、この賞が短編の賞だったからです。短編、かつエンタメで、かつ出版社が主催している(プロデビューに結び付く)賞というのは、かなり貴重だと思います。もともとはミステリーズ!新人賞の方に応募していたのですが、せっかくだからSFの方にも送ってみよう、と思ったのがきっかけでした。
――松樹さんは創元SF短編賞受賞の前年に開催された、児童文学誌『飛ぶ教室』第51回作品募集にて佳作入選されています。本書『射手座の香る夏』もまた、「大人の読者に向けたジュブナイル小説」とも呼べるような内容を備えているように思います。青少年を主人公に据えることや、若く幼い日々へのある種のノスタルジーを作品に織り込むことについての思い入れを伺えましたら幸いです。
子供の話が好きというより、大人の話にあまり興味が持てないのだと思います。「まあ、大人なんだし各々(おのおの)よろしくやってください」という気持ちになってしまって……。逆に、十代の中盤というのは、大人の世界が徐々に近づいて色々なものが見えてくるんだけども、そのどれにもまだ手が届かない時期だと思っていて、そういうもどかしさみたいなものに、個人的には魅力を感じています。
また、小説という表現形式にとって、ノスタルジーは大きな武器の一つです。たとえば何や経験がそ気ない情景描写であっても、不思議と懐かしさを覚えることがあります。想像力を働かせながら文章を読んでいくうちに、読者自身の思い出がそこに滲(にじ)み出していくわけですね。もちろん、それは必ずしも純粋な回顧というわけではありません。ノスタルジーの役割とは、読み手の「そうあった過去」を「あったかもしれない過去」にずらしていくこと、それを経由して「ありえるかもしれない未来」に連れて行くことだと思っています。
――単行本で新たに加わった「さよなら、スチールヘッド」は、それぞれの身体性に思い悩む人工知性の少年少女たちをめぐる作品で、第11回創元SF短編賞の最終候補作に大幅に手を入れていただく形で完成しました。
「さよなら、スチールヘッド」は、応募当時から自分のなかでかなり「しっくり」きていた一作で、最終候補に残ったときも(数年ぶりの最終入りだったこともあり)大変嬉(うれ)しかった記憶があります。受賞は出来なかったのですが、評判自体はそれなりに良かったこともあり、デビューの直後から当時の担当さんと「いつか改稿して世に出しましょう」という話をしていました。ただ、私がどんどん新しい話を書きたくなってしまったせいでずるずると後回しになり、結局単行本を出すタイミングで、となった経緯があります。
ということで、去年の初めに当時の応募原稿を読み直したのですが、改めて読むと商業作品の水準にまったく達していない! ということに気づいてしまい、大幅にリライトすることを決意しました。不満点は主に、①話がこぢんまりしすぎている、②「AIも人間である」というメッセージを強調するあまり人間中心主義に寄りすぎている、の二点でした。何度か書き直したもののなかなかしっくりこず、最終的に「AI」の対極としての「ゾンビ」を導入するというアイデアが生まれました(いきなり無からゾンビが生えてきたので、担当氏はさぞ驚いただろうと思います)。この作品ではAIの存在を「生命(身体)なき精神」であると定義しており、その反対物は何だろうと考えたときに「精神なき生命(身体)」であるゾンビだと思い至ったわけです。
もともと、この作品は執筆当時の私の体調を反映しており、「いっそ身体がなかったら楽だったのに」「いや、むしろ吐ける身体がないのに吐き気だけあったら最悪だな」という思いつきから始まったものでした。それから考えるとずいぶん遠くまで来てしまったように感じますが、この道程が正しかったのかどうかについては、読者の方々にご判断いただければと思います。
――そんな「さよなら、スチールヘッド」には、永遠に夏が続く仮想世界が登場しますが、本書に収められた他の三編もまた、さまざまに異なった夏を扱っています。夏という季節そのものや、夏を舞台とした作品についての特別な思いはございますでしょうか。
夏、あんまり好きじゃないんですよね(笑)。
個人的には秋とか冬の方が好きです。空気もピリッとしていて気持ちがいいし、街路樹の葉が落ちて寂しい姿になっているのを見ると元気が出ます(夏は世の中みんなが頑張っている気がして落ち着きません)。
ただ、夏には独特の寂しさがあります。終わる間際になって「もしかしたら夏のこと、好きになれたのかもしれないな」とうっすら後悔する、そういうタイプの寂しさです。私にとって小説とは、自分が抱(いだ)けなかった欲望について書くものであり、夏という季節はその象徴だと言えるかもしれません。もちろん単純に、情景描写を豊かにしやすいという実際的な理由もありますが。
――今後書きたい題材や抱負があればお聞かせください。
今後の執筆予定についてはとりあえず一つありまして、実は元々この短編集にはもう一作、書き下ろし作品が収録される予定だったのです。シャーマニズムとキャラクタービジネスをテーマにした作品になるはずだったのですが……、「さよなら、スチールヘッド」が長くなりすぎてしまった結果、収録するページ的な余裕がなくなってしまいました。ひとまずはこの「幻の5作目」をきちんと仕上げて、世に出したいですね。その後のことはまだ何も決まっていませんが、そろそろ長編に挑戦したい気持ちもあります。自分の中の「若者」の残滓(ざんし)が消えないうちに、ジョン・グリーンのような青春小説を書き上げられると良いのですが。
――最後に、本誌の読者に向けて一言お願いいたします。
自分が作家になり、こうして本を出せる日が来るとは夢にも思っていませんでした。もしかすると本当に夢かもしれないので、皆さんも実際に買って確かめてみて頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします。
松樹凛(まつき・りん)
1990年生まれ。慶應義塾大学推理小説同好会出身。2020年『飛ぶ教室』第51回作品募集に佳作入選、21年に第8回日経「星新一賞」優秀賞を、同年「射手座の香る夏」で第12回創元SF短編賞を受賞。
【本インタビューは2024年2月発売の『紙魚の手帖』vol.15の記事を転載したものです】