最後はスペイン最高の文学賞といわれるナダール賞の受賞作、アルゼンチン人作家のギジェルモ・マルティネスの手による『アリス連続殺人』(和泉圭亮訳 扶桑社ミステリー 一四〇〇円+税)だ。この作品は、『2007本格ミステリ・ベスト10』海外部門で四位にランクインした『オックスフォード連続殺人』の続篇である。前作の一六年後、二〇一九年に発表された作品だが、作中で描かれるのは前作の一年後だ。また、前作で活躍した二人、すなわち、アルゼンチンからオックスフォード大学への留学生であり語り手でもある〝私〞と、同大学の数理論理学教授であり、探偵役を務めるアーサー・セルダムは、今作にも登場している。


 大学の課題で筆跡分析プログラムに取り組んでいる〝私〞は、セルダム教授の依頼で、ある文書の一部分の筆跡鑑定にその技術を適用した。その文書とは、『不思議の国のアリス』などで知られるルイス・キャロルの日記の欠落部分に関して新たに発見されたもので、〝私〞と教授は、鑑定を契機(けいき)にキャロルを巡る連続殺人に巻き込まれてしまう。この事件の中核に存在するのが、キャロルの日記だ。彼はその生涯で一三冊のノートに日記を残したという。そのうち四冊は死後行方不明となり、残る九冊のうち、一八六三年のノートからは数頁が破り取られていた。キャロルが、リデル夫人から、自分の家族には今後近づかないで欲しいと言われた時期に合致(がっち)する数頁である。彼は何故、それまで親しくしていたリデル夫妻とその四人の子供たち――『不思議の国のアリス』のモデルであるアリス・リデルを含む――に近づくなと言われたのか。〝私〞が鑑定した文書は、まさにこの重要な数頁に関する文書だったのだ。折(おり)しも、セルダム教授も参加している「ルイス・キャロル同胞団」では現存する日記の刊行計画を進めており、この文書の影響を見極める必要がある。だが、文書の発見者である教授の元教え子のクリステンは、なかなか文書の全体を開示しようとはしなかった……。

 中核にルイス・キャロルの謎があり、それに付随してクリステンの謎があり、と走り始める本書は、その後、キャロルが撮影した多数の少女の写真(アリスも含む)について掘り下げつつ、同胞団を中心に連続する殺人の謎も読者に提示していく。情報量は多いが、著者の語り口は平明で、読者は豊富な刺激を愉しみながら終盤まで読み進むだろう。そしてそこで明かされる連続殺人の真相は、奇抜でありながら、伏線からすれば必然であり、つまりは仰天必至だ。欠落した数頁に関する決着も鮮やかで、〝私〞という青年の物語としても節目が提示されている。十分な満足感で読了できる一冊だ。


■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.14
千早 茜ほか
東京創元社
2023-12-11