岡本好貴(おかもと・よしき)『帆船軍艦の殺人』(東京創元社 一八〇〇円+税)は、二年連続で正賞授賞が叶わなかった鮎川哲也賞、ひさびさの受賞作。

 
 十八世紀末、英国海軍は帆船軍艦ハルバート号の水夫不足を補うべく、強制徴募隊(きょうせいちょうぼたい)を陸に派遣する。義父を家まで送り届ける途中だった靴職人のネビルは、たまたま立ち寄った酒場で同僚のジョージとともにこの強制徴募隊に連行されてしまい、たちまち海上へ。突如として始まった、いつ帰れるともわからない過酷な船上生活。すると風の強い新月の晩、甲板で水兵のひとりが何者かに殺害されてしまう。すぐそばにいたネビルを含め、犯人を見た者は誰もいない。そしてまたしても不可解な事件が……。
 
 まずなによりも海洋冒険小説として、ディテール豊かにしっかりと作り込まれている点が素晴らしい。当時の帆船軍艦という未知の世界が真に迫る形で描かれており、すでにして充分に読ませる域に達している。それが立派な器の役割を果たしているおかげで、そこに収まるミステリもじつによく映え、しかも奇を衒(てら)ったものではない正統的な謎解きであるから大いに好感を覚えた(とくにこの舞台だからこそ為せる、ある仕掛けには舌を巻いた)。これからもその広い視野と描写力、そして王道の本格推理で、読者を国や時代に囚われない物語世界へと誘っていただきたい。

 ここからは余談だが、次回の当欄でご紹介予定の楠谷佑(くすたに・たすく)『案山子(かかし)の村の殺人』(東京創元社より十一月三十日発売)も、ユニークな特殊設定や多重解決ではなく、クイーンばりの正統的な謎解きもので、若い書き手の間に改めて原点に立ち返るような流れが生まれつつあるのかもしれない。

 東野圭吾(ひがしの・けいご)『あなたが誰かを殺した』(講談社 一八〇〇円+税)は、〈刑事・加賀恭一郎(かが・きょういちろう〉シリーズの最新長編。タイトルから、同じく加賀が登場する『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』を思い浮かべた向きも少なくないと思うが、この二作がシリーズのなかでもとくに本格ミステリとしての趣向を突き詰めていたように、本作もまたその点に力が注がれた内容になっている。


 夏の別荘地には、今年も様々な人間たちが集まっていた。総合病院の経営者家族、大企業の会長夫妻とその部下の家族、別荘地に移住した未亡人やその姪(めい)と夫など。こうしてまた毎年恒例のバーベキューパーティが開催されるが、それから予想だにしなかった連続殺人事件が起きてしまう。なぜこの惨劇は起きたのか。遺族たちは真相を求め、関係者を集めた「検証会」が開かれることに。休暇中の警視庁捜査一課の刑事である加賀を立会人に、あの日の事件が振り返られていく……。

 まず現実にはありそうにない、ミステリという虚構ならではのシチュエーションながら、それをこんなにも上手(うま)く使いこなしてみせる手際に目を見張った。一連の検証によって徐徐に浮かび上がってくる複雑な人間模様、交わされる心理戦、さらに深まる謎が抜群に読ませる。当初は立会人として情報の整理と進行役に徹していた加賀が、後半でいよいよ真相究明に動き出す展開とラストシーンに、巨匠の圧倒的な手腕を見せつけられた。傑作。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

紙魚の手帖Vol.14
千早 茜ほか
東京創元社
2023-12-11


帆船軍艦の殺人
岡本 好貴
東京創元社
2023-10-10