表題作は、紙の本が禁じられた国の話。書物はすべて焼かれ、代わりに人が「本」となって口伝(くでん)で物語を伝えている。たまに同じ物語が収録されているはずなのに内容が食い違う「本」があり、その際は「本」同士が論じ合う「版重ね」が開催される。間違いと判定された「本」は、その場で焼かれる運命だ。
ある時、十という本が版重ねに呼び出される。赤毛の本と論じあうのは、『白往(しらゆ)き姫(ひめ)』だ。「白雪姫」とほぼ同じ内容であるが、赤毛の本が主張するのは「女王が白往き姫を殺した」、十が主張するのは「白往き姫が女王を殺した」。そこから物語の細部の描写を確認しあいながら、女王と姫、どちらのほうが殺人が可能だったかを検証しあっていく。ちょっとした描写から合理的な解釈を導きだしていく十の推理力にもう、しびれた。十が登場する話はもう一篇収録されている。
他にも、バーチャル世界で自分の嗜虐(しぎゃく)趣味を発散している女性が登場する「ドッペルイェーガー」、ある日突然その人の周囲にだけ雨が降り始め、身体がふやけ死に至る謎の病が流行した世界の話「『金魚姫の物語』」、十九世紀、偽りの診断で躁病とされ、〝特別な治療〞を受けるため孤島の療養塔に監禁された少女の恐ろしい体験と意外な真実を描く「デウス・エクス・セラピー」など、なんとも残酷な世界が広がっている。しかし描写は悪趣味ではなくむしろ静謐(せいひつ)で、時に美しく豪華絢爛(ごうかけんらん)な景色が広がっていく。それにしても次から次へと幅広い作風の小説を発表している著者の発想力、恐るべし。
連作集の形式の本作。第一章の主人公は、突然身体が動かなくなるという難病のため、長期にわたり病院で療養生活を送っている小学五年生の透(とおる)。すっかり人生に絶望している彼だが、同じ病室の少年、輝(てる)が父親とチェスに興じている様子を見て興味を持ち、教えてもらうことに。同い年の入院患者、瑠偉(るい)も交えて、彼らはこのゲームに没頭していく。
第二章の主人公はチェス部に所属する高校二年生の晴紀(はるき) 。プロプレイヤーを目指せる自信はあるが、両親は反対。自分でもマイナー競技を仕事にしていいのか心が揺らいでいる。そんな折、同じ学習塾に通っていた真妃(まき)と再会して……。この章で第一章に出てきた瑠偉が高校生として登場するので、読者は第一章から時が経っていることを理解する。三章以降も時が進むなかで複数の人物が再登場し、彼らの成長がわかる作りになっている。
チェスをまったく知らない人にもその魅力が伝わる描き方が巧み。ゲームの進行の描写を盛り込むだけでなく、他のボードゲームに比べて引き分けが多いといった特徴や、身近に競技者がいなくてもオンラインで対戦できるといった情報がさりげなく盛り込まれ、「自分も始めてみようかな」と思わせる。
最終章の展開も胸熱(むねあつ)。何か夢中になれるものを見つけた喜びや、勝負に臨む際の心情、将来への迷いなど、さまざまな感情を味わうことができる青春小説。
■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。