歴史本格ミステリ探訪_バナー


3月 伊吹亜門(第1回)

東京創元社から難しい依頼が来た。創元出身の時代ミステリ作家3人を集めて、交換日記をしてみないかというのだ。私の他は羽生飛鳥(はにゅう・あすか)先生と戸田義長(とだ・よしなが)先生で、幸い親しくお付き合いをさせて貰っているお二人ではあるものの、いかんせんこれまでの人生で交換日記などしたこともないため、何をどう書いたらよいものか暗中模索の状態である。読者諸氏におかれましては何卒温かい目で見守って頂きたく、どうぞよろしくお願いします。
さて、前口上はこれぐらいにして早速本題に取り掛かろう。

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先日、佐賀在住の竹本健治(たけもと・けんじ)先生からお招きにあずかって、拙著『刀と傘』(創元推理文庫)を課題本とした佐賀ミステリファンクラブの読書会に参加した。以前大谷大学で行われた竹本先生の講演会でお声掛けを頂き、コロナ禍のせいで延期となっていたものが漸(ようや)く開催と相成ったのだ。滅多に無い機会であり、何より私は九州の土地柄が大好きなので、喜び勇んで西下した次第である。
5月に文庫化予定の『雨と短銃』(創元推理文庫)の再校ゲラに取り組みつつ、新幹線で新大阪から博多へ。急ぎ乗り換えた「リレーかもめ」で一路佐賀を目指す。麗らかな早春の陽射しに、鳥栖(とす)の山並みは目に染みるようだった。
会場となる公民館は、佐賀駅から歩いて10分ばかりの距離だった。旅行鞄を片手にぶらぶらと歩いた先では、竹本先生はじめ会員の皆さんに温かく迎えて頂いた。
2018年発足の佐賀ミステリファンクラブは、下は20代から上は70代まで、九州各地より多くの推理小説愛好家たちが集う会だった(竹本先生ご夫妻も会員なのだ)。活動としては毎月開催の読書会の他、創作・評論を発表する場として「雨中の伽(とぎ)」という会誌を年2回発行している(こちらはAmazonからも購入可能なので、興味を持たれた方はチェックしてみよう)。今回は実地参加17名にオンライン参加2名と大盛況だった。ありがたい限りです。
さて肝心の読書会である。「作家が老いた兆候は、矢鱈と自作について語り始めることと全国に記念碑を建て始めること」と山田風太郎(やまだ・ふうたろう)の随筆で読んで以来、私はどうにも自作について言及することを小っ恥ずかしく感じていたのだが、流石に今回ばかりは許されるだろう。収録作についての感想を拝聴しながら、執筆時の裏話や私のミステリ遍歴などあれやこれやとお話しした。読書会後には懇親会にも参加をさせて頂き、佐賀の美味しい料理やお酒に舌鼓を打ちつつ、本格ミステリについて種々語り合った。

佐賀城本丸歴史館

翌日、打って変わった薄ら寒い霧雨の下、私は雨傘を揺さぶり揺さぶり、佐賀城本丸歴史館を訪れた。
今回の佐賀旅行にはもうひとつ目的があった。今年は江藤新平(えとう・しんぺい)の没後150年であり、かの地では「没後150年特別展 江藤新平——日本の礎を築いた若き稀才の真に迫る」なる企画が開催中だったのだ(ちなみにこの日も竹本先生ご夫妻にご一緒させて頂いた。大変ありがとうございました)。
2月刊行の『紙魚の手帖 vol.15 FEBRUARY 2024』に、3年ぶりとなる〈刀と傘〉シリーズの新作読み切り短編「仇討禁止令」を発表した。是非このまま続けていきたいと思っているので、そのための題材捜しも兼ねていた訳だ。
この特別展では、江藤さんの人生を「脱藩~永蟄居(えいちっきょ)」「戊辰戦争~維新政府黎明期」「司法省設立~参議就任」「佐賀戦争」と大きく4つに分け、江藤さん自身のみならず周囲の人物の書簡や日記なども共に並べることで、それぞれの時期を多角的な視点から解説していた。
蘭学寮時代の化学結晶のスケッチや、司法省の予算が通らなかったことに憤慨して提出された長さ3メートル(!)にも及ぶ辞表の写しなど、どれも興味深い内容だったのだが、私が特に印象的だったのは、江藤新平所有と伝わるシルクハットだった。

江藤新平所有のシルクハット
【画像は展示風景。右下が江藤新平の私物だというシルクハット】

現存する江藤さんの写真はいずれも和装であり、それゆえ江藤新平に洋装のイメージはない。しかし、よく考えるとこれはいささか奇妙である。江藤さんは早い時期から海外に目を向けていた開国交易論者なのであって、そんな人物が西洋の諸文化を忌避したとは考えにくい。それにも拘わらず、洋装の写真が一枚も残されていないのは何故なのか——これは使えそうなネタだなと直感した。いつか書くかも知れませんから、気長にお待ちください。
いったい、今とは異なる時代でミステリを書こうと思い立った際、私はこのように核となる歴史エピソードを選んで、そこから物語を膨らませていくことが多い。
先日も、某社のお仕事で千利休(せんの・りきゅう)が登場する短編ミステリを書いた。これとて偶々(たまたま)手に取った『へうげもの』(山田芳裕/講談社)がべらぼうに面白く、利休の出てくるミステリを書きたくなったからに他ならない。決まっているのは「千利休を登場させる」ということだけであり、動機・トリックは勿論のこと、舞台設定や他の登場人物などそれ以外の全ては呻吟しながら捻り出さなければならなかった。もっと他に楽なやり方があるような気もするのだが、これ以外の方法を知らないものだから今更どうしようもない。飛鳥先生や義長先生の作品の創り方はどうなのだろう? 差支えなければお尋ねしたいところです。
そのような次第なので、ミステリの種となりそうな事件・人物を見つけた時の喜びはひとしおだ。他の作家さんの作品でも、史実の扱いが上手い作品に出くわすと嬉しく、そしてああ自分で気が付きたかった! と悔しくなる。ここ最近で特にそれを感じた作品は、今月文庫化されたばかりの『蝶として死す 平家物語推理抄』(羽生飛鳥/創元推理文庫)だった。
本作は、太政大臣・平清盛(たいらの・きよもり)の異母弟である平頼盛(よりもり)を探偵役に据え、平家一門の興亡と密接に絡み合った5編の時代本格ミステリを収録した連作短編集だ。
平家のなかでもどちらかと云えば異端の人である頼盛を探偵役に持って来たチョイスが憎い。歴史の授業で習うような人物ではないが、都落ちに際しては一族と運命を共にせず、あえて鎌倉の源頼朝(みなもとの・よりとも)を頼ることで最後まで生き延びたという面白い人なのだ。果たしてこの逃避行が卑劣な裏切りだったのかという点こそ、本書で解き明かされる最大の謎でもある。
都入りした木曾義仲(きそ・よしなか)に依頼(脅迫?)された頼盛が、五つの首無し屍体から義仲の恩人を探し出す第15回ミステリーズ!新人賞受賞作「屍実盛(かばねさねもり)」など、5編のいずれも時代本格として優れた本格ミステリなのだが、なかでも伊吹亜門のイチ推しは、清盛が密偵として都に放った童子の惨殺事件を追う第1話「禿髪(かぶろ)殺し」である。
この結末には舌を巻いた。大いなる歴史的事実の裏にひとりの人間の矮小な思惑が潜んでいる展開は、私が大好きな時代本格の傑作『ラスプーチンが来た』(山田風太郎/ちくま文庫)を思い出させるものだった。時代ミステリファンならば必読の一冊だろう。
さて、気が付けばいつの間にやら規程の文字数を大幅にオーバーしていた。果たしてこんな感じで良いのだろうか? 次回担当の飛鳥先生は、もっと面白いお話をしてくれることでしょう。今回で懲りず引き続きご愛顧のほどをよろしくお願い申し上げて、初回のご挨拶といたします。


紙魚の手帖Vol.15
ほか
東京創元社
2024-02-13




■伊吹亜門(いぶき・あもん)
1991年愛知県生まれ。同志社大学卒。2015年「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ!新人賞を受賞、18年に同作を連作化した『刀と傘』でデビュー。翌年、同書で第19回本格ミステリ大賞を受賞。他の著書に『雨と短銃』『幻月と探偵』『京都陰陽寮謎解き滅妖帖』『焔と雪 京都探偵物語』『帝国妖人伝』がある。

刀と傘 (創元推理文庫)
伊吹 亜門
東京創元社
2023-04-19


■戸田義長(とだ・よしなが)
1963年東京都生まれ。早稲田大学卒。2017年、第27回鮎川哲也賞に投じた『恋牡丹』が最終候補作となる。同回は、今村昌弘『屍人荘の殺人』が受賞作、一本木透『だから殺せなかった』が優秀賞となり、『恋牡丹』は第三席であった。『恋牡丹』を大幅に改稿し、2018年デビュー。同じ同心親子を描いたシリーズ第2弾『雪旅籠』も好評を博す。その他の著作に『虹の涯(はて)』がある。江戸文化歴史検定1級。

恋牡丹 同心親子の事件帳 (創元推理文庫)
戸田 義長
東京創元社
2018-10-22


■羽生飛鳥(はにゅう・あすか)
1982年神奈川県生まれ。上智大学卒。2018年「屍実盛(かばねさねもり)」で第15回ミステリーズ!新人賞を受賞。2021年同作を収録した『蝶として死す 平家物語推理抄』でデビュー。同年、同作は第4回細谷正充賞を受賞した。他の著作に『揺籃の都 平家物語推理抄』『『吾妻鏡』にみる ここがヘンだよ!鎌倉武士』がある。また、児童文学作家としても活躍している(齊藤飛鳥名義)。