佐藤さくら『幽霊城の魔導士』(創元推理文庫 一〇〇〇円+税)は、魔導訓練校を舞台にした異世界学園ミステリ。第一回創元ファンタジイ新人賞優秀賞を受賞した『魔導の系譜』に老人となって登場するレオンの師匠やその友人たちの若き日々を描いた前日譚だ。


 異民族であるがために虐(しいた)げられ、口がきけなくなってしまったル・フェ。、妥協を許さない性格故ゆえに孤立するセレス、ことなかれ主義な自分を嫌悪するギイ。魔導訓練校ネレイス城で出会った三人が、城にまつわる不気味な噂話の謎に迫る。魔導士が忌(い)み嫌われる世界で、天与の才故に疎外される子どもたちが、友情というかけがえのない支えを手にする様子を描いた成長物語。

 本書から読み始めても楽しめるとは思うが、《真理の織り手》シリーズ読者にむけたサービス的な仕掛けも多いので、第一巻の『魔導の系譜』だけでも先に読んでおくことをお勧めする。

『レーエンデ国物語』(講談社 一九五〇円+税)は、デビュー作『煌夜祭(こうやさい)』でファンタジイファンを魅了した多崎礼(たさき・れい)による、本格異世界ファンタジイ三部作の第一巻。


 十五歳のユリアは、州長である叔父に強要された政略結婚から逃れるため、強引に父の仕事に同行して森林地帯レーエンデに赴(おもむ)く。険しい山脈を越えたその地では、自治権を持つ少数民族が暮らしていた。はじめて目にしたレーエンデは、まるでお伽噺(とぎばなし)の妖精の世界だった。人々は古代樹の森の化石化した巨木の洞(うろ)で暮らし、虹色に光る泡虫(あわむし)を集めてランプを作る。ユリアは自然と共に生きるレーエンデの暮らしに魅せられ、親友を得、恋をし、仕事もみつけ、この地に骨を埋(うず)める決意を固める。レーエンデでは満月の夜に幻の海が出現し、その海に飲まれたものは不死の病である銀呪(ぎんしゅ)を身に受ける。ユリアがレーエンデに来てから四度目の満月の夜。幻の海の出現を間近で見た彼女は、どこからともなく聞こえる赤ん坊の鳴き声を耳にする。ユリアは伝承で語られる、悪魔を受胎する天満月の乙女だった……。

 甘やかな少女小説テイストのラブストーリー的な側面と、戦(いくさ)あり、宿命ありの大河ファンタジイとしてのダイナミズムを併(あわ)せ持つ作品だが、なによりもレーエンデの自然や暮らしの描写と、幻の海のイマジナリーな表現が素晴らしい。古代樹に吊るした魔よけの鉄鈴が鳴り、潮騒に似た音が響く。森の中に銀色の霧が流れこみ、木々の葉先の水滴が銀の粒となって、庭に落ちる。そして銀の霧の中を、半透明の異形の魚が泳ぐ。怖いほどの美しさが五感を揺らし、背中がざわついて落ち着かないほどだ。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。

紙魚の手帖Vol.13
桜庭 一樹ほか
東京創元社
2023-10-10


幽霊城の魔導士 (創元推理文庫)
佐藤 さくら
東京創元社
2023-07-10