ジョン・スコルジー『怪獣保護協会』(内田昌之訳 早川書房 二四〇〇円+税)は、タイトルから予想される通り、アメリカSFのベテランによる日本のゴジラをはじめとする「怪獣映画」へのオマージュに満ちた長編。パンデミックの最中(さなか)に会社を解雇されたジェイミーは、偶然再会した昔の知り合いに誘われて「大型動物」の保護という謎の多い仕事に就く。しかしグリーンランドの廃棄されたはずの米軍基地の奥にあったのは、体長一五〇メートルを超える巨大な「怪獣」が闊歩(かっぽ)するパラレルワールドの地球だった、という物語。テンポのいい語り口でどんどん実態が明らかになっていくのですぐに並行世界の地球に馴染(なじ)んでいくような気がするのがひたすら楽しい。怪獣は体内に原子炉を持つ常識外れの生物で、寄生生物とともに一種の生態系として成り立つ構造を有しているらしいという設定と、それを活(い)かしたアクション満載の後半の展開も見事。また新型コロナでの苦しい生活からこの作品が生まれた背景に触れたあとがきがしみじみといい文章である。
田中空(たなか・くう)『未来経過観測員』(Kindle 三〇〇円)の作者は『少年ジャンプ+』などで活躍する漫画家で、本書は初の長編小説らしい。公務員として冷凍睡眠を繰り返し、百年ごとの未来を観測する職務に就いた主人公が、ポストヒューマンの相棒と一緒についに五万年先の未来に到達する壮大な未来宇宙史。二〇〇年後には人類はみな機械化し、三〇〇年後にはバイオテクノロジーを取り込んだAIによって地球から追い出されてしまい、ついには宇宙の果てを突破する展開は、オラフ・ステープルドンを思わせる壮大さで、相棒のロエイとの次第に深まっていく関係もいい。
マルセル・ティリー『時間への王手(チェック)』(岩本和子訳 松籟[しょうらい]社 一八〇〇円+税)は、フランス語圏ベルギー幻想文学作家による歴史改変SF。ワーテルローの戦いでフランスが勝利してから一二〇年後のベルギーを舞台に、機械的に時間を操作することで歴史を改変しようとする天才科学者の実験に巻き込まれた語り手が独房で書いた手記という体裁で描かれた作品。作品が発表された一九三〇年代の科学技術、理論に基づく精緻(せいち)な設定と思弁的な時間論を背景に、過去に囚(とら)われた登場人物たちが絡み合い、二転三転する物語を優雅な筆致で描いた、科学ロマンスの香気に満ちた長編小説だ。
ケン・リュウほか『七月七日』(小西直子・古沢嘉通訳 東京創元社 二四〇〇円+税)は、韓国で刊行された日中韓(米)の作家が参加した故郷の神話・伝説にまつわるアンソロジー。新年の怪物という中国の民間伝承を環境汚染のため人類が地下に逃れた未来に結びつけた「年の物語」(レジーナ・カンユー・ワン)、作者の故郷である奄美(あまみ)大島がサツ国(薩摩[さつま]藩)に侵略される前夜を描く「海を流れる川の先」(藤井太洋[ふじい・たいよう])、空に矢が刺さった説話の由来について、勢いで一夜を共にしてしまった研究者の男女がドローンで遊んでいてSF的仮説にたどり着く「……やっちまった!」(クァク・ジェシク)など全十編を収録。そのうち七編をしめる韓国作品には済州(チェジュ)島の伝説が多く題材にされている。
■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。