時は大正。京都で探偵事務所を営む元刑事の鯉城(りじょう)のもとには、様々な依頼が舞い込み、不可解な謎と対峙(たいじ)することになる。誰もいない山荘に響く叫び声の怪、手元にある猟銃を使わず焼身自殺というもっとも苦しい方法を選んだ男の理由、西陣(にしじん)の老舗(しにせ)織元で起きた強盗殺人事件のおかしな点――。鯉城は探偵事務所の共同経営者である露木(つゆき)に、あらましを語る。身体(からだ)は虚弱だが、頭脳は明晰(めいせき)。伯爵の血筋ながら一族と距離を置いて暮らす露木が解き明かす、思いも寄らない真相とは……。
安楽椅子探偵の流れを汲む連作集といった形で進んでいくのだが、第四話に至り、それまでの物語の全体像が一変するようなサプライズが炸裂し、大きく仰(の)け反(ぞ)る。謎を解き明かす〝探偵〞の役割とは、明らかにされる〝真相〞がもたらすものとは。そうした問いが頭のなかを駆け巡るが、続く最終話でまたしても「そう来るか!」という展開が待ち構えていて唸(うな)ってしまった。これまでにもミステリには様々なコンビやバディが登場してきたが、このあまりにも切なく、そして固い結びつきは、なかなかに忘れがたい。
「削ぐ」というよりも、「磨き上げる」と評するのが適当な過不足のない硬質な文章と表現が、捜査のプロフェッショナルである葛の仕事ぶりとマッチして読ませるが、効果はそれだけではない。その無駄のなさは、読み手にすべての情報と手掛かりを開示し、葛と同じ条件で謎解きに挑めるよう配慮されており、正々堂々としたフェアな姿勢の顕(あらわ)れでもある。だが、そこまでフェアかつ細やかに配慮されていても、やはり読み手は真相を見破ることが叶わないから恐れ入る。
収録作はいずれも一級の出来栄えだが、あえて白眉(はくび)を選びスポットを当てるなら、後半の二編を挙げたい。
表題作である第四話は、住宅街で起きた連続放火事件を扱った一編。葛は容疑者の特定を急ぐが、なぜか犯行が続かなくなる……。
犯人の動機を推理するホワイダニット・ミステリとして考え抜かれた内容は、見事というしかない。
最終話「本物か」では、拳銃らしきものを持った男が人質を取ってファミレスに立てこもる事件が発生。現場に向かった葛が対応に当たることになるのだが、タイトルがもたらす先入観、そしてある状況を見抜いた葛がそこに至るきっかけとなったものの意外性が、これまた見事に尽きる。
読みやすく、さらりと愉(たの)しむこともできるだろう。しかし、ミステリに親しみ、多くの作品を読み込んでいる方ほど、この作品集の完成度の高さと並々ならぬ凄味を感じ取ることができるはずだ。版元が用意した内容紹介には「シリーズ始動」といった言葉も見受けられるので、続刊に期待したい。
■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。