帯に謳(うた)われた「絶対に事前情報なしで読んでください」「驚愕(きょうがく)の読書体験を約束します」「謎もトリックも展開もネタバレ禁止」といった惹句(じゃっく)に、いやが上にも期待値が跳ね上がる。と同時に、そんなに自らハードルを上げてしまって大丈夫? と、つい心配になってしてしまうが、白井智之(しらい・ともゆき)『エレファントヘッド』(KADOKAWA 一九五〇円+税)は、その跳ね上がった期待値をさらに超え、極めて型破りでありながら、冴え渡る練達の技に唸(うな)らずにはいられない長編本格ミステリに仕上がっている。


 前述のとおり、〝事前情報なし〞を推奨しているため、内容の詳しいご紹介は控えざるを得ないが、主人公を務める象山晴太(きさやま・せいた)が大学付属病院で二十年以上のキャリアを持つ精神科医であること、彼の亡き父親がテレビに出るような人気奇術師だったこと、象山の胸の内にはどんなに幸せな家族も小さな亀裂(きれつ)ひとつで壊れてしまうという〝教訓〞が秘められていること、このあたりまでは触れておいても差し支えないだろう。

 あとはただ、なにが起こるのか、どこに向かうのか、皆目見当もつかない奇想天外な物語の激流に身をゆだねていただきたいが、とくに注目すべき美点を三つ挙げておきたい。

 まず、ひとつの謎を巡って複数の推理と解決案が提示されていく、いわゆる〝多重解決〞を得意とする著者が、本作においてその腕前を発揮するために繰り出す奇抜なアイデアと入念なルール作り。複雑さを知的なエンタメに昇華するその手つきに、映画『インセプション』や『テネット』といったクリストファー・ノーラン監督作品を想起した。

 ふたつめは、練りに練られた多重解決や巧みな伏線といった自身の得意技にさらなる磨(みが)きを掛け、縛りの強いジャンルである本格ミステリの新たな可能性やほかには真似(まね)のできない斬新さの追求を怠(おこた)らない意欲。

 そして三つめは、トレードマークであるアンモラルな作風ならではの、「こんなことよく思い付くものだ」と開いた口が塞(ふさ)がらないブラックな展開と仕掛けの数々だ。『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』で見事な飛躍を遂げた著者による、それに勝るとも劣らない年間ベスト級の傑作である。

 中村(なかむら)あき『好きです、死んでください』(双葉社 一八〇〇円+税)は、孤島ミステリに恋愛リアリティショーを掛け合わせた異色の長編作品。


 無人島のコテージで共同生活を送る男女の恋の行方を放送するインターネット番組『クローズド・カップル』に、俳優、モデル、グラビアアイドルたちとともに、ひょんなことから加わることになってしまった学生ミステリ作家の小口栞(こぐち・しおり)。あまりの場違いさに早くも参加を後悔するが、なんとか交流を深めていた矢先、この撮影の中心的人物だった人気女優の松浦花火(まつうら・はなび)が、密室状態の部屋で血だまりに沈んだ姿で発見される。本土と隔絶されたこの島には、スタッフも含め八人の人間しかいない。犯人はこのなかにいるのか。参加者たちの間でにわかに推理合戦が始まるが、さらに新たな事件が……。

 物語にまぶされたミステリのお約束や、あるあるネタに頰を緩めつつ、序盤こそ肩の力を抜いてするすると読み進めていったが、次第に姿勢を正すことに。各所に設置されたカメラがその場にいる人間たちの動きを捉え、行動を制限している特殊な環境下での犯人捜しというしっかりとした狙いを含んだ本格ミステリであり、加えて思わぬ箇所で発揮される意外性の演出も堂に入っていて、読めば読むほど評価がぐんぐん上がっていく。白眉(はくび)は、わざわざ恋愛リアリティショーが設定に用いられている理由で、いよいよ主題が明らかになると、さらにもう一段評価が上がった。デビューからちょうど十年という節目に、著者にとってひと皮剝(む)けたことを強く印象付ける本作を上梓(じょうし)できたことは大きい。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

紙魚の手帖Vol.14
千早 茜ほか
東京創元社
2023-12-11