王元(おうげん)『君のために鐘(かね)は鳴る』(玉田誠訳 文藝春秋 一八〇〇円+税)は、中国語で書かれた未発表の本格ミステリを対象とする第七回金車(キンシャ)・島田荘司(しまだ・そうじ)推理小説賞の受賞作。著者は中国系のマレーシア人とのこと。
デジタル・デトックス――一定期間デジタルデバイスから距離を置き、ネットのない生活を送ることである。こうすることで、自分の心と体を取り戻そうというのだ。そしてここサンディ島には、デジタル・デトックスを行うべく六人の男女が集まっていた。物理的に外界から遮断(しゃだん)されたこの孤島の館で、彼らとインストラクターと料理人だけで、五日間を過ごすのだ。デジタルデバイスをインストラクターに預けたうえで、会話禁止、読書やメモも禁止、そして殺生(せっしょう)禁止といったルールのもとで彼等(かれら)は瞑想(めいそう)に取り組む……。
いかにも、なクローズドサークルである。また、デジタル・デトックスを共通項として集(つど)った面々だが、表面に現れていない人間関係もありそうだ。そうした状況が整(ととの)ったからには、そう、ミステリファンが期待するとおり、館には死体が転がることになる。二日目の朝のこと。密室状況の自室で、子連れで参加した女性が死んでいた。彼女の胸には果物(くだもの)ナイフが突き立てられていた。参加者一同には動揺が走るが、もちろん事件はこれだけでは終わらない。その後も複数の死体が転がる。密室状況で、あるいは密室から抜け出したとしか思えない状況で。いずれもが印象深い密室状況だが、特に第二の密室の真相に衝撃を受けた。こんなところに死角(しかく)があったのか。作中の描写を巧(たく)みに活かして読者の死角を作り出す著者の才能に酔(よ)わされた。
また、本書は視点人物にも特徴がある。断筆(だんぴつ)し、その後、死を迎えたらしいミステリ作家が、視点人物として八人とともにサンディ島で過ごしているのだ(ただし八人からは見えないし、触れることも出来ない)。また、彼は一人称で事件を語るだけでなく、独自の推理も行う。そんな人物が読者を結末へと導くのだが、時折、彼の小説がサンディ島で進行中の出来事に関連しているらしき記述も顔を出す。なにがどうなっているのか。そんな構造の不思議さも新鮮な読み味となっている。王道にして異形(いぎょう)の本作に、是非(ぜひ)御注目を。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。