寂れた島で過ごした夏、記憶の中で鮮やかさを増す夏、限りなく続く仮想の夏――

夏をテーマとしたデビュー作品集『射手座の香る夏』を、本日(2月29日)刊行される松樹凛さん。
本ウェブマガジン限定の、「ここだけのあとがき」をお届けします!


意識の転送技術を濫用し、危険で違法な〈動物乗り〉に興じる若者たち。少女の憂鬱な夏休みにある日現れた、九つの"影"をつれた男の子。出生の〈巻き戻し〉が合法化された社会で、過ぎ去りし夏の日の謎を追う男性。限りなく夏が続く仮想世界で、自らの身体性に思い悩む人工知性の少年少女――夏を舞台とする四つの小説に、青春のきらめきと痛みを巧みに閉じ込めた、第12回創元SF短編賞受賞作を表題とするデビュー作品集。解説=飛浩隆

 思い出話をしましょう。
 子供の頃、家族で行くキャンプ旅行が夏休みの楽しみでした。お盆の時期のキャンプには大抵雨がつきもので、帰った次の週末には決まって、車でテントを干しに出かけたものです。唯一の例外は小学一年生の夏休みに行った北海道で、このときだけは毎日素晴らしい青空が続いたことを覚えています。
 夏休みが終わり、二学期が始まると作文の授業がありました。私は素晴らしく天気に恵まれた北海道旅行のこと、なかでも旭岳に登ったことを書きました。そして、その作文が先生の目に留まりました。一年生の時の担任はとても熱心な先生で、コンクールに応募できそうな作文を探していたのです。
 特訓が始まりました。とても厳しい特訓でした。私は何度も改稿を重ね(今になって思うと半分くらい先生が書いていたような気もしますが)、書き上げた作文は何かの賞に入選し、何らかの文集に掲載されました。あやふやな記憶ですが、ともかくこうして、私の物書きとしてのキャリアが始まったのでした。以来、私にとって書くことはつねに、よく晴れた夏の匂いと共にあります。

 もちろん、上記の文章はかなりの程度脚色されており、少なくともデビューした当初(私は2021年に、第12回創元SF短編賞を受賞してデビューしました)は、自分の短編集が夏をテーマにしたものになるとは微塵も思っていませんでした。受賞直後の打ち合わせで、今後の作品の方向性について話し合っていたときに「短編集としてまとめることを考えると、何か共通のテーマとかを用意しておくのが良いですよ(本としてのまとまりが出るので)」とアドバイスをもらいましたが、私はあまり真面目に考えていませんでした。短編集が出せるようになるのはまだ先のことだし、何とかなるだろう、と思っていたのです。
 そして、受賞第一作となる「影たちのいたところ」を書き上げました。受賞作の「射手座の香る夏」がSFサスペンスの雰囲気を纏っていたのに対し、こちらはうんとファンタジー色が強く、児童文学を思わせる読み味の作品でした。要するに、前作と全然違う作風だった、ということです。「さすがに違いすぎない?」という声もありましたが、私は「あはは」と笑って誤魔化していました。まだ二作目だし、きっと何とかなるだろうと思っていたのです。
 三作目の「十五までは神のうち」には苦労しました。核となるアイデアとプロットを提出し、それに基づいて初稿を書き上げたものの、結果的に全て没にしました。(当初のプロットではロードムービー風の作品になるはずで、この要素は結果的に「さよなら、スチールヘッド」の改稿版に回されています)。アイデアと設定を整理し、一からストーリーを作り直しました。そうして出来上がった作品は、これも前二作とは全く別のテーマ、異なる雰囲気を持ったミステリ仕立ての短編で、さすがの私も「これはまずいかもしれないぞ」と思い始めました。ここまで好き勝手に書いてきたため、どうやったら一冊の本としてのまとまりを出せるのか、皆目見当がつかなかったからです。
 四作目の「さよなら、スチールヘッド」はデビューの前年、第11回創元SF短編賞の最終候補となった作品です。残念ながら受賞は逃したものの、個人的に気に入っていた作品だったこともあり、今回全面的に改稿して収録することにしました。長い道程でした。当時の応募作を下敷きにしてまず一度書き直し、何度か修正を加えたうえで没にして、そこからほぼ倍の分量を書き足したことでようやく完成への道が見えました。原型となった応募作をご存じの方は、あまりの変わりようにおそらく驚かれるのではないかと思います。
 ここにきてようやく、私は一つの共通項に気が付きました。そう、どの作品も夏を舞台にしていたのです。「これならいける(デビュー作のタイトルにも「夏」って入ってるし)…!」と私は心の中で拳を握りました。こうして、夏をテーマにしたSF短編集『射手座の香る夏』が誕生したのでした。

 さて、本書に収録された四つの作品には、「夏」を舞台にしていること以外に、もう一つの共通点があります。それは、物語の語り手たちが皆、同時に聞き手でもあるということです。語り手たちは、物語の中心ではなく、むしろ傍観者の立ち位置に置かれています。物語から疎外され、疎外されているがゆえに囚われている存在。聞き手である限りにおいて語り手となれる存在。本書を貫く語りの特徴を、作者としてはひとまずそのように整理することができるでしょう。それはまた、小説を書くという行為についての、私自身の認識の現れでもあります。
 語り手が責任を問われるように、聞き手は倫理を問われます。聞き手は本来的に自由な存在です。語られる言葉に耳を傾ける義務も責任も、そこには存在しません。背を向けて立ち去ったとしても、誰もそれを責めることはできないでしょう。けれど、全ての人が立ち去るわけではありません。そこには人々の足を止め、真摯に耳を傾けさせる何かがあります。聞き手の倫理とでも呼ぶべきものが。なぜなら義務や責任が果てる場所でこそ、倫理の問いは始まるからです。小説を書くことは、そうした問いに向き合うことでもあると思います。
 優れた小説家は、ですから優れた聞き手でもあります。残念ながら、私は優れた小説家からは程遠く、したがってまったく優れた聞き手でもないのですが、それでも本書をお読みくださった皆さんが、不器用なりに聞き手であろうとした、私のささやかなたたかいの跡を感じ取って頂ければ幸いです。

 最後に感謝の言葉を。作家として右も左もわからなかった私をここまで導いてくださった東京創元社の皆様(とりわけ、担当してくださった笠原さまと河内さま)、素晴らしく鮮やかなイラストをくださったhale(はれ)さま、美しく情緒あふれた装幀を仕上げてくださったアルビレオの西村真紀子さま、著者でさえ気づいていなかった物語の響きに耳を傾け、素敵な解説を書き上げてくださった飛浩隆さま、そして本書の印刷・製本・流通に携わってくださった全ての方々に感謝の言葉を捧げます。
 そして何よりも両親と妻に。すくすくと育ち、毎日元気な姿を見せてくれる息子にも。

 このような時代にあって、自分の言葉に耳を傾けてくれる誰かがいることは、とても幸運なことです。これまで私を支えてくれた一つ一つの幸運に感謝を捧げるとともに、本書がこの先たくさんの幸運に恵まれることを願っています。
2024年2月29日 松樹凛  




■松樹凛(まつき・りん)
1990年生まれ。慶應義塾大学推理小説同好会出身。2020年〈飛ぶ教室〉第51回作品募集に佳作入選、21年に第8回日経「星新一賞」優秀賞を、同年「射手座の香る夏」で第12回創元SF短編賞を受賞。

■書誌情報
書名:『射手座の香る夏』(いてざのかおるなつ)
著者:松樹凛(まつき・りん)
叢書:創元日本SF叢書
判型:四六判仮フランス装
定価:2,090円 (本体価格:1,900円)
ページ数:346ページ
写真:hale(はれ)
装幀:アルビレオ
刊行:2024年2月29日


本書に収録された「十五までは神のうち」は、ただいま全文を無料公開中です。 



時間遡行技術によって自分自身の誕生を取り消す、出生の〈巻き戻し〉が合法化された日本社会。
兄や同級生の少女と過ごした思い出の島を、30年ぶりに訪れた男性の目的とは……?
美しい夏の日の記憶に隠された真相をめぐる、企みに満ちた時間SF短編です。どうぞお楽しみください。