作品の世界を「本」という形にして表現する職業、装幀家。
装画などを、普段どのように決めているのでしょうか。
印象に残った装幀を数点取り上げ、装幀家の方々にそこに秘めた想いや秘密を伺うリレー連載です。

■柳川貴代
広告デザイン事務所、工作舎を経て1998年西山孝司と有限会社フラグメントを共同設立。主にブックデザインに携わる。最近の仕事にローラン・ビネ/橘明美訳『文明交錯』(東京創元社)がある。
 
  ながむれば衣手(ころもで)すずしひさかたの
  天(あま)の河原(かはら)の秋のゆふぐれ
               ――式子内親王(しょくしないしんのう)
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 柳宗悦(やなぎ・むねよし)は「書論」の中で〈美しい書にはどこか模様としての美しさがある〉と語っています。ひさしぶりに墨(すみ)と筆で和歌を書いてみたくなり昨年から書道を習い始め、文字や書体について考える時間が増えました。早朝に硯(すずり)で墨を磨(す)っていると気持ちが落ち着きます。周篆(しゅうてん)(篆書【てんしょ】)から始まったといわれる文字。その〈美しさ〉は、求められる用途によって形が異なっても、見る者の心の深いところに響くと実感できるようになりました。

 装幀の仕事では書名と著訳者名をお知らせいただくと、写研(しゃけん)の文字を発注しながら何種類かフォントを変えて組んでみて、書体を決めています。資料探しや問題解決に多くの時間を費やしているので、状況や自我に乱されることなく本の美しさを追求できる時間は限られているのですが、まず題名の書体を決めることで本の姿の消息の現れを感じ、楽しく仕事を進めることができるのでした。
 
 仕事としての文字で思い出すのは、手動写真植字(しゃしんしょくじ)機の黒いガラスの文字盤と拡大レンズを駆使(くし)して、指定の書体を一文字ずつ細やかに調整し印画紙に焼き付けてくれていた写植屋(しゃしょくや)さんのこと。お願いしていた会社が廃業してPCで作業するようになっても、写植文字を諦(あきら)めデジタルフォントだけで仕上げることがどうしてもできなくて、二十年ちかく写研書体のアウトラインデータを、一文字ずつ注文して買い続けてきました。そのあいだにデジタルフォントにも活字書体の復刻や魅力的な新書体は登場していて、本の内容によってはそれだけで文字を組むこともあったのですけれど、二〇二四年に写研書体がデジタルフォント化する予定と知り、期待しています。
 
 今回は、書名に写研書体を選んだ三冊を御紹介。
 
 異世界幻想譚(たん)『ピラネージ』の片仮名(かたかな)は築野蘭(つきのらん)Mです。築野蘭は築地体(つきじたい)とよばれる活字書体の細仮名が原型の鋭い仮名書体ですが、写研の築野蘭は曲線的で懐(ふところ)が広く柔らかい印象。装画は担当編集さんと相談して決めた、モンス・デジデリオ「冥界(めいかい)の風景」です。

ピラネージ
『ピラネージ』
スザンナ・クラーク 著 原島文世 訳
(東京創元社/2022年)
装画:モンス・デジデリオ 四六判


『人魚の嘆き・魔術師』は大正(たいしょう)八年刊の本文と水島爾保布(みずしま・におう)の挿絵すべてを、大判のまま復刻した一冊。表紙は黒い用紙に特色二色刷、その上に秀英明朝(しゅうえいみんちょう)SHMの漢字と細めの秀英三号フォントを組みあわせた書名を、メタリックピンクで箔(はく)押ししています。本文のかがり糸を赤色に指定することで、表紙の箔と物語とを連動させました。

人魚の嘆き・魔術師【美装復刻版】
『人魚の嘆き・魔術師[復刻版]』
谷崎潤一郎 著
(春陽堂書店/2020年)
装画:水島爾保布 B5判
 
 岡上淑子(おかのうえ・としこ)さんのコラージュ作品と文章をまとめた『美しき瞬間』の漢字も、秀英明朝SHM。細い横棒の重なりが美しく、中心部分の緊張感が素敵なのです。装画は岡上さんが選んでくださった「天性」を、黒と特色のダブルトーンで印刷。副題の欧文はメタリックスカイブルーの箔押し。本表紙と見返しの紙色と、解説・解題の文字色を冴えた青色で揃えています。

美しき瞬間: The Essence of Toshiko Okanoue
『美しき瞬間 The Essence of Toshiko Okanoue』
岡上淑子 著
(河出書房新社/2019年)
装画:岡上淑子 四六変形判




この記事は紙魚の手帖vol.13(2023年10月号)に掲載された記事を転載したものです。

紙魚の手帖Vol.13
桜庭 一樹ほか
東京創元社
2023-10-10


ピラネージ
スザンナ・クラーク
東京創元社
2022-04-11