「翻訳のはなし」第8回
「仕事と締め切り」杉田七重
日曜日の昼下がり、思わぬところでわが翻訳の師匠である金原瑞人(かねはら・みずひと)氏とばったり会い、ちょうどその朝新聞に、拙訳書『ヒエログリフを解け――ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース』(エドワード・ドルニック著)の書評が掲載されたことから、氏はさっそくその話題に触れてくれた。
「で、何が書かれていたの?」
師匠に問われた不肖(ふしょう)の弟子は、タイミングよくバッグに入れていた訳書を高々と掲げて、本の内容をせつせつと語りだしたのだが……。
「いや、そうじゃなくて、ロゼッタストーン。結局、何が書かれていたの?」
「へっ?」
と、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出す弟子。あれっ、そういえば何だっけ?
落ち着けば、思い出せるはずなのだが、何しろ相手は大恩のある師匠であるから、失望されたくないと、冷や汗をかきながらしどろもどろで説明し、なんとかその場をきりぬけた。
『ヒエログリフを解け』は、古代エジプトのヒエログリフという千年以上誰も読めなかった謎の文字の解読劇を、イギリス人のトマス・ヤングとフランス人のジャン=フランソワ・シャンポリオンというふたりの天才を軸に描くノンフィクションである。
何か月も向き合ってきたテーマでありながら肝心のことが口から出てこない。なぜ忘れていたのか。答えは簡単だ。つまり訳者からすると、その部分は「肝心」ではなかったのだ。
では、肝(きも)は何か。それはメッセージを伝えるために、これほど複雑な文字システムをつくりだした古代エジプトの人々の創意と、その難解極まりないシステムを理解し、書かれていることをわかろうとした後世の人々の探究心だ。
結局シャンポリオンとヤングを駆り立てたのは相手より先に解読しようという勝ち負けの意識ではなく、知らないで済ますものかという、万物のなかで人間にだけ与えられた本能ではないか。「伝えたい」と「わかりたい」。人間の持つふたつの強烈な欲求が、これほどダイレクトに胸に響いてくる本に出会ったのは初めてだった。
自分がやっている翻訳という作業も、古代文字を解読するのにほんの少し似ている。母語ではない言語と向き合って、作者が精魂込めて生みだした作品を、まったく構造の違う言語にそっくり書き直す。一朝一夕(いっちょういっせき)で終わるはずもなく、なかには半年近い年月を要することもある。こんなに骨の折れることが、これほど面白いのはなぜかと思うに、やはり自分にも、「わかりたい」と「伝えたい」というふたつの本能が備わっているからだろう。
ただしこちらには先人たちがつくりあげた辞書という最強の武器と、翻訳者を手取り足取り導いて、陥穽(かんせい)に落ちぬよう守ってくれる、文法書という頼もしい防具がある。
もちろん、シャンポリオンもヤングも、まったくの丸腰で戦ったわけではない。シャンポリオンには古代エジプト語から派生した言語であるコプト語の知識と古代エジプトへの愛が、ヤングには科学者の頭脳と言語学全般の知識があった。それでも、何十冊もの電子書や百科事典で串刺し検索をして、オンラインで調べ物をし、その気になれば現地に飛ぶことも難しくない時代に生きる翻訳者には想像も及ばぬ苦労が、彼らには山ほどあった。遠い昔の天才たちが直面した困難と、それを乗り越えようとする壮絶な挑戦を思い浮かべるなら、いま抱えている仕事が締め切りに間に合わないかもしれないなどという、現代の翻訳者の不安など吹き飛んでしまう。
ただしヒエログリフの解読において、シャンポリオンにもヤングにも、締め切りはなかった。だからとことんやることができたのだろう。しかしそれでも、仕事という点では、ふたりにも時間が足りなかった。
ヤングは最後の仕事(『エジプト語の辞書素案』)を、「もし自分が生きながらえて完成できたら、それで満足だ」と友人に語りながら、結局、校正刷りの修正を九六ページまでなんとか仕上げたところで、五十五歳の生涯を閉じた。
シャンポリオンは四十一歳で亡くなるまで、エジプトに残る数多くの記念碑のテキストを扱った『エジプト語の文法』を書き続け、未完のまま息を引き取った。卒中の発作を起こして半身不随になると、死の床で片手を額に持っていって、「まだこの中には山ほど入っているというのに!」と嘆いたと伝わっている。
人生の締め切りだけは誰にでも存在し、まだまだずっと先だと思っていたら、いつのまにかその日が来ていたというのは珍しいことではない。仕事の締め切りが迫っているときに限って、そんな不安が胸をよぎるのだから始末が悪い。
■杉田七重(すぎた・ななえ)
東京都生まれ。東京学芸大学卒。英米文学翻訳家。エドワード・ドルニック『ヒエログリフを解け──ロゼッタストーンに挑んだ英仏ふたりの天才と究極の解読レース』、ウィリアム・ダルリンプル&アニタ・アナンド『コ・イ・ヌール――なぜ英国王室はそのダイヤモンドの呪いを恐れたのか』、ドナ・バーバ・ヒグエラ『最後の語り部』など訳書多数。






