二〇二二年八月以降に刊行された海外SFから注目作を取り上げる。

 早川書房からは、前作『わたしたちが光の速さで進めないなら』が日本でも話題となった、韓国新世代SF作家の旗手、キム・チョヨプによる長編『地球の果ての温室で』(カン・バンファ訳 早川書房 二〇〇〇円+税)が刊行された。ダストという塵状の毒性物質が世界に広がり、生き残った人類が生存を目指して研究を続ける近未来。その鍵となる植物にまつわる謎を軸として、詩的な文体で女性たちのゆるやかな繫がりが描かれていく。『風の谷のナウシカ』がお好きな方、あるいは植物SFファンはぜひ一読を。


 ギリシャ、トルコと来て中国からは――といっても、作者本人は石川県在住だし、日本が舞台の作品も多いので、「中国SF」扱いしていいかは何とも微妙だが――ミステリ方面でも活躍する陸秋槎(りく・しゅうさ)による初SF短編集『ガーンズバック変換』(阿井幸作、稲村文吾、大久保洋子訳 早川書房 二一〇〇円+税)が出た。スマホゲーム内の限られたリソースの中で、世界の昼夜を表現すべく天文学者とゲーム開発者が策を練る、ユーモアに満ちた「開かれた世界(オープン・ワールド)から有限宇宙へ」と、現実に起きた「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」問題をエスカレーションさせ、香川県の学生に液晶画面を物理的に見えなくさせる眼鏡・ガーンズバックVの装着が義務付けられているディストピア的世界と、そこに生きる女子高生たちの日常を描いた表題作が秀逸。文学や歴史、サブカルチャーなど、広範囲に及ぶ縦横無尽のパスティーシュの技術も魅力のひとつだ。


 最新のSFだけではなく、復刊ものや長年未訳だった作品も刊行された。『吸血鬼は夜恋をする SF&ファンタジイ・ショートショート傑作選』(伊藤典夫編訳 創元SF文庫 一〇〇〇円+税)は、SF界を支えてきた名翻訳者にして大紹介者・伊藤典夫(いとう・のりお)氏が編んだショートショートアンソロジーの復刊。ただし、ただの復刊ではなく、雑誌掲載のみで単行本未収録だった伊藤典夫訳のショートショートが九編追加されているお得な仕様。ロバート・F・ヤング「魔法の窓」やアーサー・ポージス「一ドル九十八セント」、アラン・E・ナース「旅行かばん」など、今なお色褪(あ)せない名作たちが伊藤典夫の名訳でふたたび容易に読めるようになったのがうれしい。


 とうとう出たのが、トマス・M・ディッシュによるSF評論集『SFの気恥ずかしさ』(浅倉久志、小島はな訳 国書刊行会 四二〇〇円+税)。長年刊行予定に挙がっていた幻の本がついに読めるようになったので、感動もひとしお。SFの限界と可能性を、その性質や読者層の分析から痛烈に言語化してみせた切れ味鋭い講演「SFの気恥ずかしさ」はSFファンならば必読(曰く、「SFは児童文学の一部門である」「小説に対するSFの関係は、科学に対するサイエントロジーの関係とおなじである」)。その他にも皮肉とユーモア、そして愛憎入り交じったアンビバレントなSFへの思いに満ちた書評がずらりとならび、大満足の一冊だ。



■鯨井久志(くじらい・ひさし)
書評家・翻訳家。1996年大阪府生まれ。〈S-Fマガジン〉などで書評やインタビュー、翻訳を担当。訳書にスラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』がある。