二〇二二年八月以降に刊行された海外SFから注目作を取り上げる。
まず何と言っても紹介したいのが、『ロボット・アップライジング AIロボット反乱SF傑作選』(創元SF文庫 一四〇〇円+税)だ。近年、創元SF文庫から良質なテーマ別海外アンソロジーが続々と訳出されているが、その中でも本書は特に傑作が並ぶ作品集となっている。不穏さをたたえながらもどこかユーモラスなチャールズ・ユウの佳品「毎朝」や、父親からもらったクリスマスプレゼントのロボットが妙な動きを……というアーネスト・クライン「オムニボット事件」など粒ぞろいだが、その中でもイチオシはアレステア・レナルズ「スリープオーバー」。不老不死を目指してコールドスリープについた研究者が目覚めた未来世界では、異次元の存在との情報戦のリソースとして人類の大半が眠らされていて……という冒頭から、およそ短編の尺とは思えないほどのスケールとアイデアが詰め込まれた傑作。長編の長さでもぜひ読んでみたい。その他、コリイ・ドクトロウやイアン・マクドナルドといった実力派作家の作品に加え、「人工知能」という用語を初めて提唱したことでも知られる、プログラミング言語「LISP」の開発者ジョン・マッカーシーによる短編といった変わり種も。
東京創元社からは前人未到の三年連続ヒューゴー賞受賞作である《破壊された地球》三部作の完結作、N・K・ジェミシン『輝石の空』(小野田和子訳 創元SF文庫 一五〇〇円+税)も。数世紀ごとに〈第五の季節〉と呼ばれる天変地異が起こる世界で、オロジェンという地震を起こすことのできる能力者にして虐(しいた)げられる身分に置かれた人々の物語だ。完結作である今作では、ともにオロジェンである母娘(おやこ)が立場を超えて争う中で世界の謎が明かされていく。骨太な世界設定とストーリーで、すべての虐げられる立場の人々をエンパワメントしてみせる、二〇一〇年代のSF史に名を残すであろう大作だ。
非英語圏の良作も多く刊行されている。早川書房、東京創元社に次ぐ第三のSF出版社としての地位を確立しつつある竹書房からは、『シオンズ・フィクションイスラエルSF傑作選』に続く第二弾として、『ノヴァ・ヘラス ギリシャSF傑作選』(フランチェスカ・T・バルビニ、フランチェスコ・ヴァルソ編、中村融他訳 竹書房文庫 一三六〇円+税)が出た。翻訳も担当している中村融(なかむら・とおる)氏が、非英語圏各地域のアンソロジーを渉猟(しょうりょう)したうえで「頭ひとつぬけていた」と評価したことから刊行が決まったアンソロジーである。ギリシャSFの成立を巡る序文にはじまり、ある種英語圏のSFでは読めない、異国情緒ただよう(無論、その陰には地球温暖化や難民問題といった現実の課題が存在する)作品が多数集まる。バグダッドとアテネが拡張現実上で重なり合う、どことなくチャイナ・ミエヴィル『都市と都市』風なミカリス・マノリオス「バクダッド・スクエア」や、〈大洪水〉後の世界で蔓延する謎の病気とその治療法を題材としたディミトラ・ニコライドウ「いにしえの疾病(やまい)」のあざやかな結末が記憶に残る。
平凡社からは、これまた第二弾となるチェコSFアンソロジー『チェコSF短編小説集2 カレル・チャペック賞の作家たち』(ヤロスラフ・オルシャ・Jr.、ズデニェク・ランパス編、平野清美編訳 平凡社ライブラリー 一九〇〇円+税)が登場。今回は副題にもある通り、チェコスロバキアのSFファンダムが主催する「カレル・チャペック賞」の受賞作等を集めたアンソロジーだ。英米のクラシックSFを思わせる懐かしい匂いのする作品も多いなか、フリークスのシェイクスピア劇団が宇宙を巡業していくさまを、フリークスの少年の視点から描いたイジー・オルシャンスキー「エイヴォンの白鳥座」が目を惹く。宇宙版『異形の愛』とでもいうべきユニークな作品で、チェコSFの豊饒さを感じさせる一作。チェコSFの歴史を詳細にまとめた編者による解説も興味深い。
■鯨井久志(くじらい・ひさし)
書評家・翻訳家。1996年大阪府生まれ。〈S-Fマガジン〉などで書評やインタビュー、翻訳を担当。訳書にスラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』がある。