二〇二二年八月以降に刊行された国内SFから注目作を取り上げる。

 松崎有理(まつざき・ゆうり) 『シュレーディンガーの少女』(創元SF文庫 定価八六〇円+税)は、「ディストピア×ガール」というコンセプトの連作短編集。六十五歳で死ななければならない世界での歳の差バディもの、超健康社会での肥満者公開デスゲーム、数学禁止の異世界に転生した数学苦手少女の冒険、秋刀魚(さんま)が絶滅した未来で夏休みの課題に挑む少女、南の島で人身供犠(じんしんくぎ)になる少女と超大質量回転ブラックホールからエネルギーを取り出す宇宙人の乙女、ゾンビになるパンデミックが蔓延(まんえん)する渋谷(しぶや)で量子ロシアン・ルーレットに興じる少女たち、など、過酷な世界をしたたかに生き延びる女性たちを描く六編を収録。コミカルで残酷でエモーショナルな作品集。


 斜線堂有紀(しゃせんどう・ゆうき)『回樹(かいじゅ)』(早川書房 一六〇〇円+税)は、ミステリやホラーで異才を発揮している新鋭の初めてのSF短編集。表題作と書き下ろしの「回祭」は、愛情を転移させる奇妙な物体〈回樹〉をめぐる真実の愛の物語。他に、骨に刻んだ文字に超越的な力を見る「骨刻」、映画の魂を解放するために過去の名作を葬らなければならない未来をハートウォーミングに描く「BTTF葬送」、人間の死体が腐敗も損壊もしなくなった世界で起きたテロ事件の顚末(てんまつ)「不滅」、奴隷制度下の十八世紀ニューヨークに宇宙人が降り立ち混乱を巻き起こす「奈辺」の六編を収録する。どの作品も人間心理の痛いところを容赦なく突いてくるので注意が必要だ。


 久永実木彦(ひさなが・みきひこ)『わたしたちの怪獣』(東京創元社 一八〇〇円+税)の、短編単独で初めて日本SF大賞の最終候補作となった表題作は、高校生のヒロインが運転免許を取得した日に妹がDV父を殺害し、折りよく突然現れた怪獣のために破壊されている東京へと、事件を隠蔽(いんぺい)するため遺体を捨てにいく物語。他に、時間跳躍技術を使って過去の自然災害や事故での死者を防ぐ非正規職員のささやかな犯罪小説「ぴぴぴ・ぴっぴぴ」、血を求める孤独な女子高校生と吸血鬼の交流「夜の安らぎ」、ゾンビに囲まれた映画館でホラー映画を観る「『アタック・オブ・ザ・キラートマト』を観ながら」の四編を収録。どれも壊れた世界で陰鬱に生きる人々を繊細な冷たい優しさで包み込むように描いた印象的な作品集だ。


 倉田(くらた)タカシ『あなたは月面に倒れている』(東京創元社 一九〇〇円+税)は、作者のここ十年の短編の精華を集めた作品集。スパムメールが人間のようなものの姿をとって家に訪ねてくる「二本の足で」、核戦争後の世界で、日本に“あるもの”を探す子供たちの日誌「トーキョーを食べて育った」、ほとんど意味のわからない言葉を話す猫たちが住むかつての我が家に思い出の絵を取りにいく「おうち」、AIの発展で意味を失っていく芸術家への挽歌(ばんか)を宇宙SFに昇華した「再突入」、多様性が保証され身体改変などが自由に行われる世界の真相が露(あらわ)になる「天国にも雨は降る」、立体工作が可能な、地球の形についての増殖する文章「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」、記憶喪失の男に異星人が語りかけてくる「あなたは月面に倒れている」、ごとんという音とともに落ちてくる「生首」、鬼と底なし沼と城が出てくる「あかるかれエレクトロ」の九編を収録。前半はテクノロジーで変容した世界でも変わらない人間の営みを描いた正統的SF、後半は読み方を読者がそれぞれに考え発明する必要がある実験的な作品が主体で、どれもめちゃくちゃ面白い。



■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.12
小田 雅久仁ほか
東京創元社
2023-08-12


シュレーディンガーの少女 (創元SF文庫)
松崎 有理
東京創元社
2022-12-12


わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)
久永 実木彦
東京創元社
2023-05-31