二〇二二年八月以降に刊行された国内SFから注目作を取り上げる。

 長谷敏司(はせ・さとし) 『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房 一九〇〇円+税)は、個人的に二〇二二年の国内SFベストワンに推したい傑作。バイク事故で片足を失った将来を嘱望(しょくぼう)される若手ダンサーが、友人の起業家が立ち上げたダンス・カンパニーにおいて、AIで制御された義足を着けてロボットと共演する新たな試みに誘われる。そんな中、父親が認知症になり、父子二人きりの過酷な介護生活が始まる。人間のダンスで表現される「人間性」が、いかなる「手続き」によって成り立っているかをAIを利用して見つめ直しながら、しだいに「人として普通のこと」ができなくなっていく父親の、それでも残る「人間性」に直面する物語は、冒頭から一片の緩みもなく緊張感が持続する。クライマックスのダンスシーンは圧巻だ。


 八杉将司(やすぎ・まさよし)『LOG-WORLD』(SFユースティティア 二六〇〇円+税)も、人間の認知と身体性をめぐる本格SF。地球外知性によるデータベースが月で発見され、文明が格段に進歩した二十一世紀半ばの世界。過去の人間の記録である「LOG-WORLD」でなぜだか第一次世界大戦中のヨーロッパにいたあるインド人の意識にアクセスした十八歳の新田瑞樹(にった・たまき)は、傍観するだけだと言われていたのに、そのインド人の意識と記憶が消滅し、自分の意志で身体を自由に動かすことができるようになっていて、そればかりか目の前であのアドルフ・ヒトラーが戦死するのを目撃する。アクセスは中止されるが、LOG-WORLDの中の瑞樹と現実世界の瑞樹が分裂して存在することに。物語はその後過去パートと未来パートが並行するかたちで、改変された歴史の行方と、そもそもLOG-WORLDとは何なのか、という謎が解明されていく。過去パートでは哲学者フッサールが登場し、瑞樹と議論を繰りひろげる思弁SF的展開も面白いが、分裂した瑞樹の「自己たち」と未来で一人だけの妻・雨子(あまね)の間で描かれるロマンスの要素も見逃せない。


 大森望(おおもり・のぞみ)責任編集『NOVA〈2023年夏号〉』(河出文庫 一二〇〇円+税)は、二〇〇九年から始まった書き下ろしSFアンソロジーの最新巻で、執筆者全員が女性という「日本SF史上初」の一冊。現実と仮想の境界が揺らぐ不気味でほんわかしたゲーム小説「セミの鳴く五月」(高山羽根子【たかやま・はねこ】)、時代小説のスタイルで書かれた犬張子のロボット小説「犬魂の箱」(吉羽善【よしばね・ぜん】)動物視点のファースト・コンタクトSF「プレーリードッグタウンの奇跡」(溝渕久美子【みぞぶち・くみこ】)など十三編を収録。他にもダイエットSFやら宇宙ロバSFやらバラエティー豊かな日本SFの現在形が味わえる。

 井上彼方(いのうえ・かなた)編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園(おぼろきかじゅえん)の軌跡』(Kaguya Books 二七〇〇円+税)は、SF企業VGプラス(バゴプラ)が立ち上げた掌編SFコンテストとオンラインマガジンの寄稿者を中心に編まれたアンソロジー。その理念は、日本SF界のジェンダー不均衡の是正、新人賞以外の入り口を作る、オンラインで短編SFを読むカルチャーを作ること。書籍版である本書は、「時を超えていく」「日常の向こう側」「どこまでも加速する」「物語ることをやめない」という四つのパートのテーマに分かれた短編二十五作を収録。女性生物学者がサンゴの殻に奇妙なDNAの断片群を発見するバイオSF「偉業」(一階堂洋【いっかいどう・よう】)、故郷の星が滅亡に瀕し、ディアスポラの末地球にやってきた優しい異星人「静かな隣人」(もといもと)、シナイ半島のハイテク検閲官を描く「火と火と火」(十三不塔【じゅうさんふとう】)など、宇宙SFやハイテクSFから幻想文学、実験文学的なものまで、ジャンルを拡張する企(くわだ)てと勢いのあるアンソロジーだ。



■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.12
ほか
東京創元社
2023-08-12