激動の時代に翻弄(ほんろう)された少年少女が登場するのは宮内悠介(みやうち・ゆうすけ)『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版 一六〇〇円+税)だ。

 一人のジャーナリストが、ラウリ・クースクなる人物の伝記を書こうとしている。彼は何かをなしとげた人物なのか? 最初のページでそれは明かされている。〈ラウリ・クースクは何もなさなかった〉と。

 一九七七年、ソ連時代のエストニアに生まれたラウリ・クースクは幼い頃から黎明(れいめい)期のコンピュータ・プログラミングに夢中になり、才能の片鱗(へんりん)を見せる。モスクワの大学に進学することを夢見て、ロシア系の学校に進学した彼は、ソ連から来たプログラミングの秀才イヴァンという親友、さらにカーテャという少女を仲間に得て、ゲームづくりに励む。この三人が夏にカーテャの別荘で過ごす数日間がとてもキラキラしていてエモいのだが、しかしほどなく、ソ連が崩壊、エストニアは独立。イヴァンはロシアに戻り、独立運動に傾倒していたカーテャとも離れ離れとなる。

 エストニアではソ連を支持していた人々ほど肩身が狭くなるなど価値観は一変し、モスクワの大学に進学する夢を絶たれたラウリの人生もまた大きく変動していく。

 エストニアの近代史と同時に、コンピュータの歴史もなぞることができる本作。著者も十代の頃からプログラミングを始めていたというだけに、彼らが作るゲームの内容などもわかりやすく、面白い。それに夢中になって、なぜラウリの伝記を書こうとしている人がいるのかという謎をうっかり忘れかけたが、後半になり明かされる事実に胸が熱くなった。エストニアは現在IT大国と言われており、IDカードも流通している。日本の今後についても考えさせられる。

 一転して、日本の昭和の時代をたどるのが木内昇(きうち・のぼり)『かたばみ』(KADOKAWA 二三五〇円+税)。太平洋戦争前夜、岐阜から東京の日本女子体育専門学校に進学し槍投げの選手として活躍していた山岡悌子(やまおか・ていこ)は、肩の故障で引退、西東京(にしとうきょう)の小金井(こがねい)にある国民学校の代用教員となる。幼馴染(おさななじ)みで、早稲田(わせだ)大学野球部エースとして活躍していた清一(せいいち)との結婚を夢見る悌子だったが、彼は兵役に志願し、さらに驚きの事実を彼女に告げるのだった。


 生徒たちと真摯(しんし)に向き合いながら、ころころ変わる政府の教育方針や戦中戦後の生徒同士の対立などに悩み、心を痛める悌子の人生もまた、大きく変容していく。思いもよらない流れで夫を持ち、養子を得て、家庭を築いていくこととなるのだ。

 悌子の夫となる権蔵(ごんぞう)はひ弱なことから徴兵を免(まぬか)れ、戦後ラジオの仕事に関わるようになり、戦中と戦後でのラジオの役割の変化なども興味深く読ませる。彼や彼らの息子の視点も挿入され、混乱の時代でありながらも、大人も子供も成長していく姿がたくましく、明るく描かれていて読み心地は抜群。

 これがデビュー作となる森(もり)バジル『ノウイットオール あなただけが知っている』(文藝春秋 一六〇〇円+税)はいきなり著者の多才っぷりを見せつける内容だ。なにしろ、同じ町の同じ時期を舞台に、各章ごとに推理小説、青春小説、科学小説、幻想小説、恋愛小説が展開されるのである。しかも、それぞれがちゃんとリンクして相互作用も果たしているのだから実に巧み。


 暴力団から奇妙な殺人事件の犯人を秘密裡(ひみつり)に見つけるよう依頼された女性名探偵は鮮(あざ)やかな推理を見せ、高校生の男女コンビはM‐1を目指して切磋琢磨(せっさたくま)し、その同級生の少女は未来からやってきた人物に狙われ、さらには魔界から追放された魔法使いがこの町にやってきて、失恋続きの女性は短歌をきっかけに一人の青年と出会い……という話がどう繫(つな)がるのか。一篇一篇を堪能(たんのう)しつつ、エピローグにニヤリ。それにしてもこんなにいろいろなジャンルが書けてしまう森さん、次回作はどんな作品になるのだろう。今から楽しみでならない。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.13
ほか
東京創元社
2023-10-10