作品の世界を「本」という形にして表現する職業、装幀家。
装画などを、普段どのように決めているのでしょうか。
ニナ・マグロクリン著 小澤身和子訳
(左右社/2023年)
装画:榎本マリコ 四六判
装画などを、普段どのように決めているのでしょうか。
印象に残った装幀を数点取り上げ、装幀家の方々にそこに秘めた想いや秘密を伺うリレー連載です。
■柳川貴代
広告デザイン事務所、工作舎を経て1998年西山孝司と有限会社フラグメントを共同設立。主にブックデザインに携わる。最近の仕事にローラン・ビネ/橘明美訳『文明交錯』(東京創元社)がある。http://www.fragment-e.jp
時やいつ空にしられぬ月雪の
色をうつしてさける卯 (う)の花
――覚助法親王(かくじょほっしんのう)
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本がどのような姿形を持ち、どのように印刷・製本されて運ばれ書店に並び、読者の手に包まれるのか。まだ何も決まっていないところからブックデザインの仕事は始まります。著者・訳者と編集者が時間をかけて磨(みが)いてきた原稿を受け取り、短い時間で内容と状況を把握して、本の姿を形作っていきます。
まず方向性を確認するための打ち合わせをして、印刷・製本までに起こりうるさまざまな問題と解決を予測することでひとつの結界をつくり、その中でできることを考えはじめます。この時点ですでに担当する本のことが好きになっているのですね(好きでなければ何も進めることができなくなってしまいます)。いまお声がけいただいている本はどれも真摯(しんし)に書かれ誠実にまとめられた、心惹(ひ)かれる内容ばかりですから、知らない事物についても調べながら楽しく読み進め、造本を考えていくことになります。
ルクレティウスの長詩『物の本質について』のなかに、魂(アニマ)は精神の力に打たれた時に身体(からだ)を動かす――という精神と有形化についての部分があるのですけれど、一冊の本がひとつの身体を持つ生命だとすると、その身体を形作るのはその本に携わったすべてのひとの魂(たましい)であり、本の姿はそれらが重なりあうことで浮かび上がる像なのだと思います。もちろん最初に予測したことから外れていくことはたくさんありますが、常に問題を解決して、偶然起こる事柄も折り合わせ、本にとって一番よい着地を目指します。どの時代でも真摯に仕事をすることは難しいけれど、次はもう少しよい仕事ができるのかもしれないと思った三冊を御紹介。
皆川博子(みながわ・ひろこ)さんの『風配図(ふうはいず) WINDROSE』は十二世紀ハンザ都市に生きた二人の少女の物語。装画は伊豫田晃一(いよだ・こういち)さんに風配図や風を捉えて飛ぶ鳥影、コインやこの時代の文様などのモチーフと英文字を描いていただき構成、カバーは墨と金インキ、本表紙と扉はパールインキで印刷しています。
『風配図 WINDROSE』皆川博子著
(河出書房新社/2023年)
装画:伊豫田晃一 四六判
装画:伊豫田晃一 四六判
『ヒュパティア 後期ローマ帝国の女性知識人』は四世紀後半から五世紀初頭の男性社会で数学者・天文学者・哲学者として生きた女性の評伝。装画はルネサンス期の画家・ラファエッロが古代ギリシアの哲学者たちを描いた〈アテナイの学堂〉。ヒュパティアといわれる肖像をモノクロームの一群の中に置いたまま、鮮(あざ)やかにその姿をクローズアップしました。
『ヒュパティア 後期ローマ帝国の女性知識人』
エドワード・J・ワッツ著 中西恭子訳
(白水社/2021年)
装画:ラファエッロ 四六判
エドワード・J・ワッツ著 中西恭子訳
(白水社/2021年)
装画:ラファエッロ 四六判
『覚醒せよ、セイレーン』は古代ローマの詩人・オウィディウスの『変身物語』を翻案し、神々に蹂躙(じゅうりん)される女性たちの身体と感情を語り直した短篇集。装画は榎本(えのもと)マリコさんにメドゥーサやセイレーン、本文中に登場することになる動物や植物をテーマに描いていただいています。涙を流していることを、内なる蛇が怒り励ましているようにも思えて胸に迫ります。
『覚醒せよ、セイレーン』ニナ・マグロクリン著 小澤身和子訳
(左右社/2023年)
装画:榎本マリコ 四六判
この記事は紙魚の手帖vol.11(2023年6月号)に掲載された記事を転載したものです。