窃盗容疑の学生の除籍処分を巡って揺(ゆ)れていたブランチフィールド大学において、バーバラという学生の誘拐計画が密(ひそ)かに進んでいた。同大の講師マイケルと交際し、資産家の父の力のもとで奔放(ほんぽう)に行動するバーバラの誘拐は、計画通りには進まなかった――誘拐実行後、首謀者を自認していた学生はそう語る。そして結果として、誘拐事件の延長線上で殺人事件が発生してしまう……。
物語は、マイケルの同僚であるブライアンや、他の教員、学生、あるいは警察の視点などを切り替えながら進んでいく。読者はまず大学内の混乱のなかで一体なにが起ころうとしているのかという興味で読み進み、その後、九項目プラスアルファの論点リストに象徴される証拠と推理に基づく犯人捜(さが)しを愉しみ、最後は歪(ゆが)んだ心が生み出した実に印象的なサスペンスを味わうことになる。つまり、ディヴァインという名前から予想するであろう謎解きミステリに、さらにもう一味足されているのだ。そしてこの終盤のフォーカスの切り替えも巧みで、犯人は誰かという関心から、その犯人の心理の掘り下げへと、十分な緊迫感のなかでなめらかに移行している。本書は、ある重要人物の失踪という中盤から結末までを貫(つらぬ)く糸が存在しており、この糸が、フォーカスの切り替えにも、さらに終盤のサスペンスにも寄与(きよ)していて、著者の周到な設計に舌を巻く。ちなみにその犯人の歪んだ心理は、(『愚者の街』よりもさらに一年前の)一九六九年に発表された作品ではあるが、実に今日的である。本年七月に読んだ日本ミステリのある新刊でも同様の犯人の心理が描かれていたほどに、だ。この心理にも御注目を。
ちなみに『すり替えられた誘拐』にもクリスティが登場している。事件の捜査を担当し、視点人物の一人でもある警察官が、クリスティ警部というのだ。この人物名についての解釈を語る阿津川辰海(あつかわ・たつみ)の解説も相当に興味深いので、本書読了後に是非熟読されたい(『恐るべき太陽』の解説も阿津川だが、それを意図して紹介作を選んだわけではないです)。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。