久青玩具堂(ひさお・がんぐどう)『まるで名探偵のような 雑居ビルの事件ノート』(東京創元社 一七〇〇円+税)は、これまで〝玩具堂〞名義で〈子ひつじは迷わない〉シリーズなど、ライトノベルを手掛けてきた著者が筆名を改め上梓(じょうし)した、初の単行本作品。全五話の連作集だ。
雨宿りで古びた雑居ビルの喫茶店に入った高校生の小南通(こなみ・とおる)は、あとから入ってきた同じこの雑居ビルに事務所を構える探偵の戸村(とむら)の話に耳を傾ける。なんでも、自分の名刺を勝手に使うニセ戸村が現れ、あちこちで聞き込みをしているというのだ。疑わしい人間は三人。だが、なかなかひとりに絞り切ることができない。そこで小南はおずおずと声を上げ、自身が思う正解を話して聞かせる。悪くない内容に戸村も感心するが、喫茶店のマスターの娘である不愛想な少女――芹(せり)が異を唱え、思いも寄らない答えを口にする……。
というのが、第一話「名刺は語らない」のあらすじだ。この話の流れを基調に、占い師や古本屋といった雑居ビルの店子(たなこ) 、またビルの管理人が持ち込む謎を、小南と芹の高校生コンビの推理が解き明かしていくのだが、本作はその構成に特徴がある。答えが示されたのち、謎を持ち込んだ各人の知られざる人生模様がそこに付け加えられ(このパートの、それはもう心に沁(し)みることといったら!)、単なるミステリ連作集という括りでは語り切れない、胸震え、目頭(めがしら)が熱くなるドラマへと昇華するのだ。もしも若者向けのライトな作風などと侮(あなど)る向きがあるなら、その先入観を棄(す)てて手を伸ばしていただきたい。いい物語を読んだと素直に思えるはずだ。
今回、紅門が引き受けた依頼は、「死に役」ばかりを演じるベテラン脇役俳優――忍神健一(しのがみ・けんいち)の芸歴四十周年記念セレモニーに立ち会い、面倒な事態が起こらないよう目を光らせること。準備が進められるなか、忍神の身の回りで奇妙な出来事が続いており、それを警戒してのことだった。ところが、紅門の警備も虚(むな)しく死者が出てしまう。しかも死体の頭部には十文字が描かれたポリエチレン袋が被せられており、なんとも奇妙な殺人事件だが、犠牲者はそれだけでは終わらなかった……。
雪の上の足跡のない殺人、密室での刺殺事件、連続する見立て殺人と盛りだくさんな内容で、そこにかつて存在した過激な犯罪者集団とのつながりまでもが加わる超濃密ぶり。それにともない解決編のページ数も著者史上最長レベルにまで増量していて、ただただ圧倒されるが、実験的でアクロバティックな試みも多い霞作品のなかでも、謎解きの進め方がより洗練されている印象を覚えた。とはいえ、型破りな魅力が失われたわけではなく、繰り出されるブラックな笑いと思わず仰(の)け反(ぞ)るようなロジックは相変わらずで裏切らない。シリーズの集大成といった位置づけでも愉(たの)しめるが、ぜひ霞ミステリ未体験の方はそのボリュームに臆することなく、本作を入口に本格スピリットあふれる霞ワールドへ飛び込んでみていただきたい。いきなり実験的な作品に触れて目を白黒させるよりも、きっと馴染(なじ)みやすいだろう。
ところで、副題の〝最厄〞という言葉から、紅門が満身創痍(まんしんそうい)になるような、どんな酷(ひど)い目に遭うのかと思い気を揉む(あるいは愉しみな)方も少なくないと思われるが、いやはやまさかこんな〝最厄〞が待ち構えていようとは。爆笑すること必至なので、ひと目のあるところでお読みになる際はお気を付けを。
■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。