新刊を追い掛けていると、優れた作品には出会えても、斬新さに驚かされるようなものには、なかなかお目に掛かれないものだ。けれど、井上悠宇(いのうえ・ゆう)『不実在探偵(アリス・シュレディンガー)の推理』(講談社 一六〇〇円+税)には、本格ミステリにもまだこんな趣向と描き方があったのか――と、大いに感心させられた。


 鍵の掛かったマンションの一室で見つかった女性の死体。トリカブトの根から毒物を精製し、服毒自殺を図ったように見えたが、なぜかその手には藍(あい)の花びらが握りしめられていた。自殺と断定するには引っ掛かるものを感じている刑事コンビ――長身強面(こわもて)の百鬼広海(なりき・ひろみ)と小柄美人でミステリマニアの烏丸可南子(からすま・かなこ)は聞き込みを進めるが、さらなる事件が起きてしまい、名探偵の力を頼ることに。

 呼び出されたのは、百鬼の甥(おい)である大学生の菊理現(くくり・うつつ)。だが、彼が名探偵そのひと――というわけではない。持ち歩いている黒い箱のなか、そこに入れられた青いダイスに事件と謎のあらましを聞かせると、たちどころに解き明かしてくれるという。ただし、この抜群の推理力を持った名探偵には大きな問題があった。ひとの形をしていないため、自分から推理を披露することができないのだ。そこで百鬼たちが事件に関する質問をぶつけて、答えを引き出す必要がある。ダイスの目の変化を読み取った現が返答できるのは、〝ハイ〞〝イイエ〞〝ワカラナイ〞〝関係ナイ〞の四パターンのみ。つまり、いわゆる「水平思考」ゲームで、名探偵が導き出した答えを推理しようというのだ。よくぞこのようなアイデアを思い付いたものである。

 さらにこのエピソードのあとには、宗教施設にある眼球オブジェが血まみれになった謎と、誘拐された女性の消息を巡って推理が繰り広げられ、その練りに練られた知的遊戯性の高さには舌を巻かずにいられない。

 ちなみに、タイトルでは〝不実在探偵〞とされているが、現にだけは長い黒髪に白いワンピースをまとった美女として姿が見えている。その正体について、そして現の母親の件が今後どのような展開を迎えるのか、いまから目が離せない。

〝練りに練られた〞というなら、森川智喜(もりかわ・ともき)『動くはずのない死体 森川智喜短編集』(光文社 一八〇〇円+税)も読み逃せない。


 収録された五編は、洋菓子メーカーの女性CEOが身に付けるはずだった、高価なドレスを切り裂いたのは何者か?(「幸せという小鳥たち、希望という鳴き声」)、コーヒーをこぼしてしまった、手書きミステリ原稿の破損部分を埋めて修復を試みる高校生たちの推理(「フーダニット・リセプション 名探偵粍島桁郎(みりしま・けたろう)、虫に食われる」)、妻が目を離している間に死んだはずの夫が動いたとしか思えない謎(「表題作」)、財布を奪うだけのつもりが相手を殺してしまった路上強盗犯が、ひょんなことから授かった悪運の顛末(てんまつ)(「悪運が来たりて笛を吹く」)、瞬間移動能力を持つ〝ブギーマン〞による密室殺人に、ブギーマンの血を引く警察官が犯人当てに挑む(「ロックトルーム・ブギーマン」)といった具合に、謎も傾向もまったく異なるユニークな内容ばかりで、じつにバラエティに富んでいる。

 読み手を陥(おとしい)れる騙(かた)りの上手(うま)さ、堅牢な謎が思わぬ箇所から崩れていく意外性、どう着地するのか見当もつかない変化球的展開など、各話の結末を迎えるごとに「お見事」と感嘆せずにはいられないだろう。著者の新たな代表作として讃(たた)えられるべき一冊だ。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

紙魚の手帖Vol.12
ほか
東京創元社
2023-08-12