訳者あとがき
藤井美佐子
イングランドの歴史ある美しい都市バースを舞台にした〈初版本図書館の事件簿〉シリーズの第二作『殺人は展示する』(原題Murder Is a Must)をお届けします。
このシリーズの主人公は初版本協会で新米キュレーターとして奮闘するヘイリー。協会が入居するミドルバンク館の図書室は、創設者の故レディ・ファウリングが蒐集した、ミステリ黄金時代の女性作家による作品の初版本から成るコレクションを収蔵する初版本図書館となっているのですが、ヘイリーは探偵小説のほうも初心者。カレッジ講師で小説の創作を教える恋人のヴァルからアドバイスを受けつつ少しずつミステリを読み進めているところです。
今作では、第一作で理事会の承認にこぎつけたヘイリー初の企画「文芸サロン」を開催しながら、つぎの企画となる展覧会の準備に取り組むことになります。展覧会を取り仕切る責任者に旧知の敏腕マネージャーを起用したはいいものの、これがたいへんに癖の強い人物。スケジュールもタイトとあってピリピリしたムードで展覧会の準備を進めるなか、会場のある建物で殺人事件が発生してしまい、ヘイリーはまたも事件に巻き込まれることに。しかも事件現場は、所在を捜索中の稀覯本『殺人は広告する』に登場する殺人現場にそっくりで――。はたして事件は解決を見るのか、問題の稀覯本は見つかるのでしょうか?
今回も主人公のまわりを囲むのは、ヘイリーのやることに懐疑的な目を向けがちな協会事務局長のミセス・ウルガーや協会理事も務める心強い味方の親友アデルをはじめ、前作で登場した個性豊かな登場人物たち。捜査を担当するホップグッド部長刑事とパイ刑事のコンビに、リヴァプールに住むヘイリーの母親レノーアとシェフィールドの大学に通う娘のダイナ、それからミドルバンク館のさび猫バンターも引きつづき物語を彩ります。前作でほのかなロマンスが始まったヴァルとの関係の進展も読みどころのひとつとなっています。ほかにも紹介したいユニークなキャラクターたちがいるのですが、それは読んでのお愉しみとさせてください。
本作品がモチーフとしている『殺人は広告する』(Murder Must Advertise)について簡単にご紹介します。著者はミステリ黄金時代の代表的な女性作家ドロシー・L・セイヤーズ。貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿シリーズの長篇八作目にあたる作品です。広告代理店で起きた不審な転落死の真相を探るべく、ピーター卿が広告文案家に扮して潜入調査にあたるというストーリーで、実際にコピーライターだったセイヤーズの経歴がいかんなく発揮されており、意外な事件の真相にいたるまでの謎解きもさることながら、洒落たことば遊びやピーター卿の華麗なる活躍も愉しい一作です。創元推理文庫から刊行された同書の邦訳は、浅羽莢子氏のとびきり粋で生きのいい訳文で物語を味わうことができます。また、同書巻末の若島正氏による解説には、本書の謝辞でさらりと触れられている、セイヤーズの『殺人は広告する』執筆の経緯が詳しく紹介されているほか、本書中で言及される記念プレートの除幕式を報じる新聞記事に掲載された彼女の写真も収録されています。
本書のストーリーで鍵を握る『殺人は広告する』初版本は、同書が出版された一九三三年当時のディテクション・クラブ会員作家全員のサインがはいった、稀少価値の高い一冊との設定です。このディテクション・クラブは、一九三〇年にアントニイ・バークリーを中心としてセイヤーズやアガサ・クリスティ、F・W・クロフツらミステリ黄金時代を代表する錚々たる面々が結成した探偵作家の親睦団体で、初代会長はG・K・チェスタトンが務めていました。夕食会を中心に作家同士の交流を深めつつ、会員による『漂う提督』(The Floating Admiral,1931)をはじめとするリレー小説の執筆等の活動を精力的に展開したとのことで、現在も活動が続けられています。新会員の入会時には会員作家が書いた台本に則り頭蓋骨に誓いを立てさせるという独特の儀式もおこなわれたそうです。同クラブ設立の経緯や草創期の歴史、セイヤーズやクリスティはじめ結成メンバーの作品背景や知られざる私生活については、現在クラブの会長を務めるマーティン・エドワーズによる『探偵小説の黄金時代』(森英俊・白須清美訳、図書刊行会)に詳しく活写されており、黄金時代のミステリに関心がある方におすすめです。
著者マーティ・ウィンゲイトの近況を少しお伝えします。本人のウェブサイトmartywingate.com などによると、彼女がこよなく愛するミステリと歴史とイングランドを融合させた新シリーズが待機中とのこと。この〈London Ladiesʼ Murder Club〉シリーズは、一九二一年のロンドンを舞台に家政婦が元探偵と協力しながら殺人事件の謎解きに奮闘するというもので、来年一月に第一作と第二作の同時出版が予定されており、著者が精力的な執筆活動を続けている様子がうかがえます。本書に続く〈初版本図書館の事件簿〉シリーズ三作目The Librarian Always Rings Twiceは、ダフネ・デュ・モーリアの『情炎の海』をモチーフにした、協会創設者のレディ・ファウリングの過去を探っていくストーリーです。翻訳刊行は決定していますので、愉しみにお待ちいただけますと幸いです。
最後に、訳稿に対し的確なご指摘の数々をいただいた東京創元社編集部の桑野崇氏と、訳文を丁寧に検証してくださった校正課のご担当者に心よりお礼申しあげます。そしていつも支えになってくれるミステリファンの家族と猫の仕草の訳をさりげなく教えてくれる同居猫のまろに感謝します。
二〇二三年 夕空が茜に染まる十月
■藤井美佐子(ふじい・みさこ)
翻訳家。横浜市立大学文理学部卒。訳書にウィンゲイト『図書室の死体』、コッパーマン『海辺の幽霊ゲストハウス』『150歳の依頼人』、バイナム『若い読者のための科学史』、シャット『共食いの博物誌』、ステン『毛の人類史』などがある。







