楽しい、可愛い、面白い。ひたすらその思いでページをめくり続けたのが、河野裕(こうの・ゆたか)『愛されてんだと自覚しな』(文藝春秋 一七〇〇円+税)だ。これまでの著者のノンシリーズの長篇は切実なテーマがこめられていたが、それとはちょっと違う。
千年前、水神をフッたがために水に吞まれて命を落とした女とその恋人。彼女らは水神の呪いで生まれ変わっては出会いと別れを繰り返しているが、そこにはルールがある。女は輪廻(りんね)の記憶を覚えたまま生まれ変わり、男の生まれ変わりと出会って愛したとたんに記憶を失う。男は輪廻の記憶を失って生まれ変わり、女と出会って愛したとたん記憶を取り戻す。つまり、二人が互いとの長い歴史の記憶を持ったまま結ばれることはないのだ。
さて、現代。転生を繰り返してきた杏(あん)は神戸(こうべ)に暮らし、友人の祥子(しょうこ)と平穏に暮らしている。現在の生活に満足しているようで、運命の相手に興味はなさそう。ある日白い蛇の姿をした神が出現して事態の変化を悟った杏は、本業は泥棒の祥子に「徒名草文通録(あだなぐさぶんつうろく)」なる和綴(わと)じ本を盗み出すよう依頼する。それは運命の恋人同士に関する書物で、貴重な情報が載っており、手に入れたがっている人間は複数いるのだった。
恋人たちがどんな輪廻を繰り返してきたかのエピソードや、和綴じ本を狙う人々それぞれの事情なども盛り込まれ、重層的に物語は進行する。杏の生真面目(きまじめ)な人柄やユニークな言葉使いがとにかく魅力的で、ぶっとんだキャラクターの祥子や彼女らに関わる人々、人間臭い神々の言動にクスクス笑いながら読み進めていたら、後半になって本書のタイトルが分かった瞬間、心臓を射抜かれた。なんてハッピーな小説なんだ(読めば分かります)。即行で最初から読み返したが、これがもう、初読とは全然違うテイスト。「あー、この場面にはこんな意味が!」などと思うことしきりで、ニヤニヤが止まらなかった。
ただひたすら愉快で楽しい小説を読ませてくれる作家といえば、万城目学(まきめ・まなぶ)だ。新作『八月の御所(ごしょ)グラウンド』(文藝春秋 一六〇〇円+税)もそんな期待で開いたら、予想外の読み心地だった。ぐっと迫るものがあって、万城目作品なのに(←失礼)目頭(めがしら)が熱くなった。
収録されているのは短篇と中篇の二作。短篇「十二月の都大路(みやこおおじ)上下(カケ)ル」は京都で開催される高校の県別駅伝大会の話。補欠の一年生女子、坂東(さかとう)が、大会前日に急遽(きゅうきょ)先輩の代わりに出場することに。中篇の表題作は、京大生の青年が猛暑の夏休み中、友人に頼まれて(というか脅されて)、たまひで杯なる草野球の大会に助っ人として参加せねばならなくなる。つまり、どちらもスポーツものだ。「十二月〜」では序盤で坂東が方向オンチであることが明かされ絶対フラグだろうと思わせ、で、実際フラグなのだが、あにはからんや、スポーツ選手のフェアな気持ちが真摯(しんし)に描かれていて愛おしくなる。表題作は、珍妙な大会の由来や、寄せ集めチームの凸凹(でこぼこ)感でクスリとさせるのだが、これがもう! 胸熱(むねあつ)な話なのである。スポーツには無縁の自分でも、ただただプレイをしたかった人たちの思いに泣いた。
■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。