こんにちは翻訳班のKMです。
読書の秋、みなさまはいかがお過ごしでしょうか――と書き始めたこの記事ですが、寒暖差にノックアウトされているうちにすっかり冬になってしまいました。山の獣(けもの)が分厚い冬毛へ生え変わるように、本の獣は分厚いミステリを買い込んで冬に備えるもの。いっそこたつから出ず冬を越せるよう、壮大で重厚で、とびきり面白いミステリがあればいいのにケモねぇ……

という獣たちの声に応えて、ジェラルディン・ブルックス『古書の来歴』(森嶋マリ訳/創元推理文庫)のご紹介です。本作は2010年にランダムハウス講談社より邦訳刊行され、第2回翻訳ミステリー大賞を受賞した傑作ミステリですが、版元の倒産によって近ごろは入手が困難となっていました。このまま絶版状態なのはあまりに惜しい……ということで訳者の森嶋マリ先生にお声がけし、このたび創元推理文庫からの復刊が叶った次第です。まずはあらすじをどうぞ。
タイトルのとおり、本作は「古書の来歴」をひも解く物語です。焚書(本を燃やすこと)や戦火の時代を経たはずの伝説の古書は、なぜ現代まで無事に残り続けたのか。いつ、どこで、誰の手を旅してきたのか――? この謎を解く最初の手がかりは、ページに挟まっていた蝶の羽です。古書鑑定家のハンナは蝶の種類や生息地を特定することで、ずばり古書が「いつ、どこで、誰の手」にあったのかを辿ろうとします。
そのほか、古書に用いられた羊皮紙や金箔についてのハンナの推論を読むだけでも存分に楽しめますが、本作の最も心掴む点は第1章の終盤に訪れます。蝶にまつわる重要な事実が明かされたところで、物語は「蝶の羽」と題された過去の章へと飛び、古書に何が起きてページに蝶の羽が挟まったのかが、現在進行形で語られていくのです。
この構成! ハンナが手がかりを追う現在の章と、その解明にあたる過去の章が交互に語られていき、章ごとに古書に「何が起きたのか」が明らかになる様には、粒立った連作ミステリ短編集のような興奮があります。500ページを超える長編小説ですが、飽きる瞬間が一瞬たりともありません。著者の遊び心でしょうか、この構成の面白さは作中で調査に疲れたハンナ自身によっても語られています。
さらに本作は、古書の周辺で生きてきた人々を活写する小説としても素晴らしい作品です。本を脅かす者と守る者。迫害する者とされる者。さまざまな立場の者が、さまざまな立場ゆえに抱える心の揺らぎや一抹の善性を著者は描きます。各章を通じて紡がれるのは、激動の時代を生きた人々が、過去から現在、そして未来へと古書を繋いでゆく歴史です。本作は短編集のような面白さを持ち合わせながら、やはり胸打つ長編小説であり、いつまでも読み継がれるべき作品であると改めて強く思います。

本書のデザインおよびコラージュ作成は柳川貴代様のお仕事です。美しい古書をめぐるこの作品にぴったりの美麗で重厚な装幀に仕上げていただきました(余談ですが、今月15日発売のルーシー・ウッド/木下淳子訳『潜水鐘に乗って』〔装画=松倉香子/装幀=柳川貴代〕もとびきり美麗なカバーなので要チェックです)。
解説は千街晶之様に執筆いただきました。冒頭で示される謎の面白さや、現代パート各章の「引き」の巧みさなどのミステリ的な側面はもちろん、「伝説の古書」の政治的・宗教的な背景にも言及いただき、併せ読むことで本作をより深く読み解くことができます。また、復刊にあたっては森嶋マリ先生にも新たに訳者あとがきを書き下ろしていただきました。本作への思い入れが真摯に、かつ微笑ましく綴られておりますので、こちらもぜひご一読ください。
ふだんミステリを読まれる方はもちろんのこと、本好きの方に広くおすすめしたい一冊です。早くも寒さ厳しいこの冬、こたつごもりのお供としてぜひぜひ本書をお手にとり、ハンナとともに伝説の古書の旅路をひも解いてみてください。
読書の秋、みなさまはいかがお過ごしでしょうか――と書き始めたこの記事ですが、寒暖差にノックアウトされているうちにすっかり冬になってしまいました。山の獣(けもの)が分厚い冬毛へ生え変わるように、本の獣は分厚いミステリを買い込んで冬に備えるもの。いっそこたつから出ず冬を越せるよう、壮大で重厚で、とびきり面白いミステリがあればいいのにケモねぇ……

という獣たちの声に応えて、ジェラルディン・ブルックス『古書の来歴』(森嶋マリ訳/創元推理文庫)のご紹介です。本作は2010年にランダムハウス講談社より邦訳刊行され、第2回翻訳ミステリー大賞を受賞した傑作ミステリですが、版元の倒産によって近ごろは入手が困難となっていました。このまま絶版状態なのはあまりに惜しい……ということで訳者の森嶋マリ先生にお声がけし、このたび創元推理文庫からの復刊が叶った次第です。まずはあらすじをどうぞ。
◆あらすじ◆
伝説の古書『サラエボ・ハガダー』が発見された――その電話が、数世紀を遡る謎解きの始まりだった。この本は焚書(ふんしょ)や戦火の時代を経ながら、誰に読まれ、守られ、現代まで生き延びてきたのか? 古書鑑定家のハンナは、ページに挟まった蝶の羽からその旅路をひも解いてゆく。――科学調査に基づく謎解きの妙と、哀惜に満ちた人間ドラマが絡み合う、第2回翻訳ミステリー大賞受賞作! 訳者あとがき=森嶋マリ/解説=千街晶之
タイトルのとおり、本作は「古書の来歴」をひも解く物語です。焚書(本を燃やすこと)や戦火の時代を経たはずの伝説の古書は、なぜ現代まで無事に残り続けたのか。いつ、どこで、誰の手を旅してきたのか――? この謎を解く最初の手がかりは、ページに挟まっていた蝶の羽です。古書鑑定家のハンナは蝶の種類や生息地を特定することで、ずばり古書が「いつ、どこで、誰の手」にあったのかを辿ろうとします。
そのほか、古書に用いられた羊皮紙や金箔についてのハンナの推論を読むだけでも存分に楽しめますが、本作の最も心掴む点は第1章の終盤に訪れます。蝶にまつわる重要な事実が明かされたところで、物語は「蝶の羽」と題された過去の章へと飛び、古書に何が起きてページに蝶の羽が挟まったのかが、現在進行形で語られていくのです。
この構成! ハンナが手がかりを追う現在の章と、その解明にあたる過去の章が交互に語られていき、章ごとに古書に「何が起きたのか」が明らかになる様には、粒立った連作ミステリ短編集のような興奮があります。500ページを超える長編小説ですが、飽きる瞬間が一瞬たりともありません。著者の遊び心でしょうか、この構成の面白さは作中で調査に疲れたハンナ自身によっても語られています。
「その場に行けたら、ほんとに最高よ。ハガダーがどこかの家族の持ち物で、実際に使われているところを見られたら。鍵つきのガラスケースにおさめられて、展示されるよりまえの時代に行けたら……」(本書308ページ)
さらに本作は、古書の周辺で生きてきた人々を活写する小説としても素晴らしい作品です。本を脅かす者と守る者。迫害する者とされる者。さまざまな立場の者が、さまざまな立場ゆえに抱える心の揺らぎや一抹の善性を著者は描きます。各章を通じて紡がれるのは、激動の時代を生きた人々が、過去から現在、そして未来へと古書を繋いでゆく歴史です。本作は短編集のような面白さを持ち合わせながら、やはり胸打つ長編小説であり、いつまでも読み継がれるべき作品であると改めて強く思います。

本書のデザインおよびコラージュ作成は柳川貴代様のお仕事です。美しい古書をめぐるこの作品にぴったりの美麗で重厚な装幀に仕上げていただきました(余談ですが、今月15日発売のルーシー・ウッド/木下淳子訳『潜水鐘に乗って』〔装画=松倉香子/装幀=柳川貴代〕もとびきり美麗なカバーなので要チェックです)。
解説は千街晶之様に執筆いただきました。冒頭で示される謎の面白さや、現代パート各章の「引き」の巧みさなどのミステリ的な側面はもちろん、「伝説の古書」の政治的・宗教的な背景にも言及いただき、併せ読むことで本作をより深く読み解くことができます。また、復刊にあたっては森嶋マリ先生にも新たに訳者あとがきを書き下ろしていただきました。本作への思い入れが真摯に、かつ微笑ましく綴られておりますので、こちらもぜひご一読ください。
ふだんミステリを読まれる方はもちろんのこと、本好きの方に広くおすすめしたい一冊です。早くも寒さ厳しいこの冬、こたつごもりのお供としてぜひぜひ本書をお手にとり、ハンナとともに伝説の古書の旅路をひも解いてみてください。