地下遺構探索サークルを主宰する藤間秀秋と、友人の風野颯平と七ツ森神子都は、名門・御坂家の令嬢の依頼で、彼女の祖父の遺した別荘を訪れた。その地下施設を調査中に山崩れに遭遇、怪しげなグループとともに内部に閉じ込められてしまう。脱出不能の状況で、何者かに一人また一人と殺されていき……。『武蔵野アンダーワールド・セブン―多重迷宮―』を全面改稿の上で改題文庫化。
『多重迷宮の殺人』について
『多重迷宮の殺人』のベースとなった単行本、『武蔵野アンダーワールド・セブンー多重迷宮ー』は実験要素を多分に盛り込み、変化球を意識していた。主人公や時代設定を人工的に構築し、ミステリに加えスリラー要素や世界観を重視した。
当時新人だった私は加減を知らず、後先考えずあれこれ好きなシチュエーションを放り込み、勢いのまま出版に至った。
通常、書き上げたら「はい次行こう」と切り替わる――のだが、これに関しては上手く切り替わらなかった。何かをやり残したという感覚があった。
荒削りな勢い、奇抜なギミック偏重は否定しない。むしろこの物語の特長だと思う。
だが、純粋なミステリ的手順や手管が少し足りないのではないか。
それで文庫の時は大幅に手を入れたいとお願いした。それだけの余地があると思った。
元々あった世界観を極力崩さず、物語のスピード感を殺さず、細部も疎(おろそ)かにせず、かといって重くなりすぎずWHO、HOW、WHYに拘(こだわ)る。
共通項が見いだせない連続殺人に、純粋に論理だけを武器とする若い探偵(女の子)が挑み、突拍子もない言動に相棒と大人たちが振り回される。
財閥系一族の美しき娘がいて、一族の裏には闇があり、探偵と犯人ごとアクシデントに巻き込まれる。閉ざされた空間で脱出の見通しも不明な状況で、新たな事件が起こる。
洞窟の崩落とライフラインの崩壊が進むなか、脱出と生存をかけた挑戦と、事件捜査が同時に進行し、たったひとつの「気づき」から、解決への道が開ける。
それを際立たせるべく慎重に作業し、再構築を愉しみ、考えすぎて停滞してを繰り返し、気がつくと単行本の出版から九年が経っていた。
アホです。プロにあるまじき所業です。
ですが、もう心残りはありません。愉しんでもらえたら幸いです。
長沢 樹
■長沢樹(ながさわ・いつき)
新潟県生まれ。2011年、『消失グラデーション』で第31回横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビュー。13年、『夏服パースペクティヴ』で第13回本格ミステリ大賞候補。テレビ番組制作に携わる傍ら小説を執筆している。近年は『ダークナンバー』『イン・ザ・ダスト』『月夜に溺れる』『アンリバーシブル 警視庁監察特捜班 堂安誠人』など警察小説の書き手としても活躍。他の著書に『龍探 特命探偵事務所ドラゴン・リサーチ』『クラックアウト』などがある。