社会学者の仁平典宏(にへい・のりひろ)は、東日本大震災の後、いまわれわれを取り巻いているのは、近い将来、これをさらに上回る恐ろしい災厄が訪れるのではないか、という不安ではないかと述べている。そしていまこそ、より大きな災害に備えるため多くの犠牲を強(し)いる「災前」の思考ではなく、何度も回帰する災害の間でよりよく生きるための「災間」の思考をこそ模索しなければならない、と。

 今回のイチオシ、N・K・ジェミシンの〈破壊された地球〉三部作完結編『輝石の空』(小野田和子訳 創元SF文庫 一五〇〇円+税)は、まさにそんな「災間」を生きる人々の破滅と再生の物語だ。〈第五の季節〉と言われる破局的な天災が数百年ごとに訪れる世界で、熱や運動などのエネルギーを操る特殊能力を持ったオロジェンと呼ばれる人々は、忌(い)み嫌われながら帝国の維持のため使役され続けている。オロジェンとして生まれたエッスンは、その運命から逃れ、素性を隠して普通の母親として暮らしていたが、子供が能力を受け継いでいたことが露見し夫が息子を殺し、娘をさらって出奔(しゅっぽん)したことでふたたび過酷な世界に放り出される。到来する〈季節〉の中で娘を追ううちに信頼できる仲間たちと出会い、オロジェンを排除しない地下都市で再会したかつての相棒アラバスターから、〈季節〉は地球が月を失ったことに原因があり、自分たちの力でそれを取り戻すことができると教えられる。一方、父親にさらわれた娘ナッスンは、オロジェンを保護する施設に辿(たど)り着き、守護者シャファと出会ってオロジェンの力の根底にある銀のエネルギーに目覚める、というのがこれまでの展開。第三部である本書では、月を取り戻して〈季節〉を終わらせようとする母と、月を地球にぶつけて世界を終わらせようとする娘が対決する。みずからを温かく迎えてくれるコミュニティを見つけたエッスンと違って、決して自分を理解してくれない父親と決別したナッスンが、世界と母親を恨み、ただシャファだけを慕(した)って追い詰められていくのが切ない。また、母娘(おやこ)の物語の合間に、語り手であるホアの回想が挿入され、そこでなぜ地球が月を失うことになったのか、古代の遺物とは何か、といった数々の謎が明かされる構成になっている。


 池澤春菜(いけざわ・はるな)による巻末解説で作者の発言が紹介されており、アメリカでは社会ダーウィニズムが信奉されているが、災厄を乗り越えるために必要なのは過酷な状況であっても協力し合うことであって、本作では現実的な生存志向を描こうとしたのだという。帝国は世界の安定のためにオロジェンが犠牲(ぎせい)になるのはやむを得ないという理屈を立てるが、それは現在、多くの自称「現実主義者」が差別を正当化するのに用いるロジックと同じであり、すべての人間が敬意を持って扱われないのなら、そんな世界はぶち壊してしまってよい、という強いメッセージを感じることができる。ジェミシンは、SF/FTという方法で「現実的」という言葉の意味を変えようと企(くわだ)てているのだ。

 日本SFには昔から実験小説や言語遊戯的な作品の系統があるが、著者二十年ぶりの単行本にして初の長編である深堀骨(ふかぼり・ほね)の『腿太郎(ももたろう)伝説(人呼んで、腿伝)』(左右社 一九〇〇円+税)は、その衣鉢(いはつ)をついでいっそう強烈な作品。付け根から切断された若い女性の左太腿(ふともも)から生まれた腿太郎が、あるコミュニティのGさんBURさんに拾われてスクスク成長し、きっと殺されたに違いない母親の復讐を誓い、仲間を集めて鬼ヶアイランドへ……という物語。奇人変人がわんさか登場し、罵詈雑言(ばりぞうごん)と昭和ギャグに彩(いろど)られた攻撃的でくだらない会話が延々と続く。過激な下ネタ満載だが清潔感のある不思議な文体で、読み終わったときにさっと爽やかな風が吹き抜けていったかのような唯一無二の味わいがある。



■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.11
熊倉 献ほか
東京創元社
2023-06-12


輝石の空 (創元SF文庫)
N・K・ジェミシン
東京創元社
2023-02-13