ノルウェー人のヨン・コーレ・ラーケは、二〇年で三〇〇以上のコマーシャルを製作し、その後、アカデミー賞外国語映画賞のノルウェー代表作となるディザスター・ムービーで脚本を担当するなどの実績を積んだ後、本書『氷原のハデス』(遠藤宏昭訳 扶桑社ミステリー 上巻一一〇〇円+税、下巻一〇五〇円+税)で小説家デビューを果たした。


 三六歳になるアナ・アウネは、父の友人である七三歳の科学者ダニエルとともに調査隊員として北極の地にいた。ある夜、彼女は救難を求める照明弾を目撃した。中国の研究基地〈アイス・ドラゴン〉のあたりだ。ダニエルとともに現地にホバークラフトで向かったアナは、暴風の中に佇(たたず)むその基地で、十数体の死体を発見した。どうやら皆、殺されたらしい……。

 現地で大量殺人事件について調べ始めたアナとダニエルを襲う危機また危機の冒険サスペンスを主菜とし、大量殺人を巡る謎解きも副菜として味わえる作品である。前者は北極という舞台そのものの危険性に、殺人犯が近くにいるかもしれないというスリルが加わり、さらに暴風などによって(お定まりだが)現地での足止めを余儀なくされ、通信も途絶する展開もあって、きっちりと愉しめる仕上がりとなっている。南極と違い、氷の下は海である北極ならではの怖ろしさを堪能されたい。後者については、動機、あるいは背景がなかなかに驚かせてくれる。

 また、アナの回想が多く織り込まれている点も本書の特徴だ。北極に来る前の彼女は、特殊部隊の狙撃手としてシリアなどで活動しており、そこで心に深く傷を負った。その傷の詳細が回想を通じて明かされていき、そして北極での闘いへと結びついていくのである。危機の演出の確かさと手数に加え、巧(たく)みな小説作りで、上下巻を一気に読ませてくれる。今後も注目したい書き手だ。


■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。


紙魚の手帖Vol.11
熊倉 献ほか
東京創元社
2023-06-12