五条紀夫(ごじょう・のりお)『クローズドサスペンスヘブン』(新潮文庫nex 六三〇円+税)は、第九回新潮ミステリー大賞最終候補作。惜しくも受賞は逃したものの、選考委員の〝お墨付き〞を得ての刊行と相成った。


 喉を斬られて殺された――はずなのに、気がつくとそこはリゾートビーチの波打ち際。記憶もなく、自分がひげを生やした男であることしかわからない。歩くとすぐに木造二階建ての洋館にたどり着く。そこにはやはり記憶をなくした五人の先客がおり、メイド服姿の女性がこう口を開く。「ここは、天国です」。

 あの世の洋館を舞台に、記憶を失った死者たちが、自らの素性と誰になぜ殺されたのかを求めて推理を繰り広げる、帯の惹句(じゃっく)を借りると――〝全員もう死んでる〞特殊設定ミステリ、である。

 タイトルにある〝クローズドサスペンス〞という言葉から、疑心にまみれた者たちの緊迫した密室劇を予想したが、全員すでに死んでいるため、合宿のようなどこかのんびりとしたトーンがコミカルで思わず頰が緩む。とはいえ、ミステリとしての緩みは一切なく、目も行き届いており、かなり入り組んだ内容をスイスイ読ませてしまう話運びの上手さとルールの扱いにも大いに感心した。物語の幕の下ろし方にもセンスが感じられ、今後シーンを賑わせる存在へと化ける可能性大。五条紀夫、目が離せませんぞ。

 六百ページを超えるボリュームが目を引く島田荘司(しまだそうじ) 『ローズマリーのあまき香り』(講談社 二五〇〇円+税)は、ひさびさの〈名探偵・御手洗潔(みたらい・きよし)〉シリーズの新作長編。


 今回御手洗が挑むのは、一九七〇年代にニューヨーク・マンハッタンの地上五十階にあるバレエシアターで起こった不可解な事件だ。伝説的バレリーナ――フランチェスカ・クレスパンが控え室で撲殺される。現場は完全な密室状態で凶器も消えている。警察の調べによると、公演中の二幕と三幕のあいだの休憩時間に殺されたようだが、その日、クレスパンは三幕以降、最後まで踊っており、それを大勢の観客が目撃していた……。

 この魅力的な謎を中心に、ナチスの収容所で生まれたクレスパンの過酷な生い立ち、人体実験、ユダヤ人と日本人、白鳥(しらとり)キャロルの冒険、銀行強盗のしくじり、バルーンとともに空に消える男といったバラバラの断片を積み上げ、終盤の謎解きでそれらをみるみるつなぎ合わせて、一枚の巨大な絵として完成させてしまうダイナミックな展開は、やはり著者ならではの真骨頂だ。

 また、第八章で御手洗がからくりの真相を披露(ひろう)する一連の流れは、やはりニューヨーク・マンハッタンが舞台のシリーズ既刊『摩天楼(まてんろう)の怪人』第十章と読み比べてみるのも一興だ。発想が同じでもストーリーによって描き方や仕掛けの活かし方が異なることがよくわかり、楽曲のアレンジ違いを味わうように興味深く愉(たの)しめるだろう。聞くところによれば、本作は英訳と中国語訳が進行中だそうで、今後の海外の反応にも注目したい。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

紙魚の手帖Vol.11
熊倉 献ほか
東京創元社
2023-06-12