帯に大きく記された「ここに入ると自殺が伝染 (うつ)る」という不穏な一文に、ぎょっとする。深木章子(みき・あきこ) 『灰色の家』(光文社 一九五〇円+税)は、介護付有料老人ホームを舞台にした長編作品だ。


 常駐看護師として勤務する冬木栗子(ふゆき・りつこ)は、ひどく落ち込んでいた。男性入居者のひとりが、通称〈底なし池〉と呼ばれる滝壺に飛び込んで自ら命を絶ったからだ。末期のがんだったことに加え、遺書の内容からは折り合いの悪かった息子への当てつけ自殺であることが窺(うかが)えた。

 ところが、事件はそれだけでは終わらなかった。ほどなくして、今度は入居者のなかでも最古参で現役の経営者である男性が失踪。寝具の卸売(おろしうり)業をともに営む息子のもとに届いた手紙には、私の命が大事なら入居者全員に羽毛の掛布団を寄贈せよ、さもなくば――といった主旨の不可解な脅迫が記されており、またしても当てつけ自殺の可能性を匂わせた。

 栗子は、かつて県警捜査一課の敏腕刑事だったという、入居者のなかでも異色の経歴を持つ君原継雄(きみはら・つぐお)に意見を求めるが、さらなる痛ましい自殺が……。

 高級老人ホームに入れる高齢者とは、つまるところ裕福な〝人生の勝ち組〞なのかもしれない。けれど、家族との複雑な関係や遺産の問題、入居者たちの間に生まれる派閥や軋轢(あつれき)、枯れない色恋や横恋慕(よこれんぼ)といった俗な人間模様に、イメージするほどの余裕と落ち着きは見えない。また、栗子がチェックしているハンドルネーム〈目撃者〉なる介護福祉士のブログが訴える現代の老人問題も、より社会的に取り組まれるべき難題といえる。

 こうした描写や解説が「藪(やぶ)の中」ような役割を果たし、何が起こっているのかわからない〝灰色の家〞に読み手を深く引き込んでいく流れが上手(うま)い。『交換殺人はいかが?』『消えた断章』にも登場した君原を援軍に栗子が目(ま)の当たりにする意外な犯人像、問題の深刻さに起因する歪(いびつ)な動機も、緻密な構成だからこそのインパクトと説得力がある。本作は暗く厳しい現実を突き付けもするが、人間には老いても衰えない真心や相手を思いやる気持ちもあること、高齢者施設で働く看護師・介護士に向けたエールを読み取ることもできる。読了後、不穏に思われたタイトルの印象が大きく変わる着地も読みどころだ。

 大崎梢(おおさき・こずえ)『27000冊ガーデン』(双葉社 一六〇〇円+税)は、本とそれを扱う現場を描いてきた著者による、高校の「学校図書館」を舞台にした全五話からなる連作集。


 県立高校で学校司書として勤務する星川駒子(ほしかわ・こまこ)が、納品に来た出入りの書店員である針谷敬斗(はりたに・けいと)に対応していると、二年の男子生徒が図書館に飛び込んでくる。きのうの放課後に忍び込んだ廃工場で図書館の本を落としてきてしまったのだという。そこはいま無職の男性が転落死体となって発見された事件現場となっており、このままでは自分が殺人犯にされてしまうと慌てているのだ。確かにカウンターのプレートには「本について 相談したいことがあったら なんでも声をかけてね」と書いてはいるけれど――という第一話「放課後リーディング」を皮切りに、学校司書と書店員のふたりが持ち込まれる相談事や事件の解決を目指していく。

 いわゆる「図書館」とは異なり、生徒の教養の育成を意識した選書や企画を求められる学校司書の仕事の難しさとやりがい。学校の図書館に救われた経験から、今度はその場所を守る側に回りたいという強い思い。そしてここで出会った本が、生徒たちのよりよい人生を送るためのきっかけになればという願い。個人的なことを申し上げると、私は本屋の店員でもあるので共感するところも多く、しばしば胸が熱くなった。

 ミステリ的には、別の高校に勤める司書の先輩から相談された、鍵の掛かった図書館内のディスプレイが荒らされた事件を扱う第二話「過去と今と密室と」が白眉(はくび) 。ちなみにタイトル〝27000冊〞とは、高校の図書館の平均蔵書数のことである。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。

紙魚の手帖Vol.11
熊倉 献ほか
東京創元社
2023-06-12