「翻訳のはなし」第5回
「短歌と小説、どちらがこわい」金原瑞人
八月ということもあって、つい先日、翻訳家の大谷真弓さんとこんなメールのやりとりをした。
(大谷)明日の深夜、NHKで『ホラー短歌の世界へようこそ』という番組があります。十分と短いのですが、予告がほんとに怖そうで、ちょっと面白そうです。
(金原)「ホラー短歌」、案外と怖くないよ。というか、そもそも、三十一文字でどんなに頑張っても、こわがらせるのは無理。せめて短編かショートショートでないと。
(大谷)ホラー短歌、あまり怖くありませんでした。映像と音と声で怖さを演出しているけれど、ちょっと物足らない。文字だけを見たほうが、勝手に頭のなかで想像がふくらんで、怖く感じるかも。
(金原)短歌という形式はそういうのには向かない。俳句はもっと向かない。想像するのも怖いけど、やっぱり、人間、ちゃんと描写されたものが怖いんだと思う。
なんか、八月も後半に入っちゃった。今月末〆切の翻訳、無理そう。どうしよう。
ホラー短歌の類(たぐ)いの試みは以前からある。たとえば、二〇一三年の『怪談短歌入門 怖いお話、うたいましょう』(メディアファクトリー)。これは東直子、佐藤弓生、石川美南、三人の歌人がTwitter の「怖い短歌」という企画に投稿された短歌一六三二首から、それぞれ大賞・佳作・次点を選び、それについての鼎談(ていだん)も収録した一冊。こんな短歌が選ばれている。
永遠に友達だよね よせ書きにひっそりとある知らない名前
高橋徹平
雨ですね。上半身を送ります。時々抱いてやってください。
木下龍也
絶え間なくうごくマスクの奥に口ほんたうにいい一生だつた
山川藍天
菜の花の中にさ迷ふ盲目のてふが一頭この世を去りぬ
砂山ふらり
たしかに、うまいと思うし、なるほどと納得はするものの、「怖い」前に「短歌」だなと思ってしまう。ある意味、かっこよすぎるのだ。それは詩でも同じだと思う。
例をあげるまでもないだろうが、韻文(いんぶん)より散文のほうが怖い。
穂村弘によれば、短歌は圧縮された情報だから、それを読者が解凍しなくてはならないという。おそらく、解凍しているうちに恐怖が逃げていくのだ。もちろん、解凍しているうちにじわじわ怖くなるところがいいという反論もある。
しかしぼくの場合、恐怖というからには、目の前の恐怖、待ったなしの恐怖が怖い。だから、このジャンルに限れば、詩歌より小説がおもしろい。ただしここで小説というのは十八世紀ヨーロッパで生まれた近代リアリズム小説のことだ。イギリスでいえば、ゴシック・ロマンスあたりからの系譜を思い浮かべてもらえるとわかりやすい。あの荒唐無稽な設定のもと、むちゃくちゃ無理のある物語がリアリズムという枠の中で展開する。この伝統は、スティーヴン・キングやクライヴ・バーカーまで受け継がれている。
どちらも、具体的に即物的に俗物的に怖いのが特徴だ。
その具体的に即物的に俗物的に、身も蓋もなく怖い小説がある。Rick YanceyのThe Monstrumologistだ。舞台は十九世紀末のアメリカ東海岸。主人公は十二歳の少年、ウィル。ウィルはモンスター研究家、ウォースロップの助手をしている。ある晩、墓泥棒が奇妙なものを持ってきた。十七歳の少女の遺体だ。それにモンスターの死骸がからみついている。少女は顔が半分ない。少女の体に抱きついているモンスターは雄で、体長二メートル以上。少女の遺体を食べているうち、真珠(しんじゅ)のネックレスを喉に詰まらせて死んだらしい。この少女の腹部から胎児(たいじ)のようなものが出てきた。アンスロポファジャイの子だ。アンスロポファジャイの雌は受精卵を雄の口内に産みつける。雄は顎(あご)の中でその卵を二ヶ月間育ててから、宿主(しゅくしゅ)である人間の体内に送りこむ。やがて子は卵膜を破り、人間の腹を食い破って外に出てくる。
このあと、壮絶な戦いが始まる。まさに十九世紀版、エイリアンvs人間のバーリトゥード。
ところで、アンスロポファジャイってなに? と思った人も多いはずだ。これは胴体が顔という食人鬼。頭がなく、腹の部分にでっかい口があって、両肩に目がひとつずつ。これが微妙だ。小説で読むとホラーだが、映画になるとコメディ、そんな感じの異色作。
■金原瑞人(かねはら・みずひと)
1954年生まれ。翻訳家・法政大学教授。訳書にディレイニー『魔使いの弟子』、『魔使いの呪い』『魔使いの秘密』、ブロック〈ウィーツィ・バット・ブックス〉全5巻、プライス『500年のトンネル』(以上東京創元社)、ストラウド『バーティミアス』(理論社)、クラッチャー『アイアンマン』(ポプラ社)、ローズ『ティモレオン』(中央公論文庫)、シアラー『青空のむこう』(求龍堂)、アランハフト『ラスト・ドッグ』(ほるぷ出版)、ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(岩波書店)など。エッセイに『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』(牧野出版)、編著書に『12歳からの読書案内』などがある。
1954年生まれ。翻訳家・法政大学教授。訳書にディレイニー『魔使いの弟子』、『魔使いの呪い』『魔使いの秘密』、ブロック〈ウィーツィ・バット・ブックス〉全5巻、プライス『500年のトンネル』(以上東京創元社)、ストラウド『バーティミアス』(理論社)、クラッチャー『アイアンマン』(ポプラ社)、ローズ『ティモレオン』(中央公論文庫)、シアラー『青空のむこう』(求龍堂)、アランハフト『ラスト・ドッグ』(ほるぷ出版)、ウェストール『ブラッカムの爆撃機』(岩波書店)など。エッセイに『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』(牧野出版)、編著書に『12歳からの読書案内』などがある。





