第五回ゲンロンSF新人賞受賞作の河野咲子(かわの・さきこ)『水溶性のダンス』(ゲンロンSF文庫 三五〇円+税)は、世界の成り立ちをあえて曖昧(あいまい)なヴェールの向こうに隠した幻想SF中編。パルプ鉱でできた肉を、それぞれ典型として用意された鋳型(いがた)に流し込んで身体のパーツを作り、それを機械仕掛けの鉄の骨組みに嵌(は)めて出来上がった身体を持つ人々の街。人体の補修を生業(なりわい)とする人体師の「わたし」が、ある踊り子と出会ったことで世界の果てまで旅することになる物語。紙でできた肉体に文字を溜め込んで腐る水溶性の人々という設定も鮮烈だが、彼らが住むほとんどおもちゃのような人工的な危うい世界も魅力的で、こんな世界を作ったのは一体誰のどんな悪企(わるだく)みなのかという気にさせられる。山尾悠子(やまお・ゆうこ)や笙野頼子(しょうの・よりこ)など、日本のSF/文学に伏在する幻視者たちの系譜を嗣(つ)ぐ予感に満ちた作品で、ぜひ第二部第三部と書き継いで、この世界を破滅と再生まで描き尽くす長編に仕上げて欲しい。
魅力的な破滅と再生といえば、キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』(カン・バンファ訳 早川書房 二〇〇〇円+税)は、「ダスト」と呼ばれる致死性の粉塵(ふんじん)が文明を崩壊させた大災厄から復興して六十年が経った世界で、謎の蔓草の異常繁殖の調査に当たった生態学者の女性が世界再生の真相にたどり着く物語だ。プロローグでダストが荒れ狂う世界を逃げ回る姉妹が登場し、絶体絶命の場面で切り替わった第一章ではすでに世界は復興しているという素早い展開から、ヒロインが過去に見た青く光る植物と、その秘密を知る謎の高齢の女性など、謎が謎と重ね合わされて物語は複雑な螺旋(らせん)を描いて進んでいく。女性同士の濃密で切実なそしてそれゆえにすれ違う関係性が鮮烈な印象を残すロマンティックな長編小説だ。ダストによって変容していく生物相、そして遺伝子を改変された植物群など、生物の多様性とその複雑で精緻(せいち)な成り立ちをめぐる謎めいて思弁的で残酷で美しい記述が素晴らしい。また、身体の大部分を機械に置き換えた人物をめぐる、グレッグ・イーガンを思わせるテクノロジーによって引き起こされる人間性の揺らぎが、最後まで宙吊りにされる描かれ方で印象的だった。
作者は聴覚障害者で高校生で補聴器の使用をはじめ、生化学の学位を持つSF作家という履歴を持ち、彼女と十歳違いで作家・弁護士・パフォーマーという車椅子ユーザーのキム・ウォニョンと『サイボーグになる テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』(牧野美加訳 岩波書店 二七〇〇円+税)という、当事者の視点から身体性とテクノロジー、人工と自然のハイブリッドなありようについて語る共著を出しており、そこで展開された議論を想起される。
■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。







