とある偉大なSF作家の名言に、「厳密に理論づけられた魔術は科学と見分けがつかない」というものがあるが、実際SFでは魔術のみならず、超能力や超常現象なども、もっともらしい架空理論の裏づけを与えられ世界構築に利用されてきた。

 今月のイチオシ、韓国系アメリカ人作家ユーン・ハ・リーの『蘇りし銃』(赤尾秀子訳 創元SF文庫 一五〇〇円+税)は、高度な数学で算出された暦(こよみ)に基づいた兵器や戦術で、通常の物理法則を超越した力を行使できる超科学が世界を統(す)べる〈六連合〉三部作の完結編。六連合とは、軍事や諜報、数学、教育など六つの属性で運営されている星間国家である。連合の支配を支えるのは「優暦」と呼ばれる超科学体系で、その支配は残酷極まりなく、連合内部の異端や隣国と対立関係にある。第一部『ナインフォックスの覚醒』では、数学の天才である女性将校チェリスが、異端に占拠された砦(とりで)を奪還するため、史上最高の戦略家にして、敵味方問わずに数百万の人間を虐殺し精神のみとなって幽閉(ゆうへい)されたジェダオの霊体を憑依(ひょうい)させられ、見事作戦を成功させる。第二部『レイヴンの奸計(かんけい)』では、隣国からの侵攻に向かう艦隊をチェリスはジェダオの名前を利用して乗っ取り、暦法の改新を仕掛けて連合の支配体制を打破。本書は、それから九年後、旧体制の復活を図る護民派と民主的な新体制を目指す協和派、さらに暗躍する第三勢力の三つ巴(どもえ)の抗争が描かれる。物語はその現在と九年前の二つの時間を交互に、記憶を失った状態で復活させられたジェダオと、失踪したチェリスに代わって協和派を代表することになったブレザン、さらにジェダオを名乗る謎の人物の三者を中心に進んでいく。前二作同様、フェミニンでアジアンテイスト濃厚な魔術的宇宙を舞台に、きめ細やかな心理戦と、暦法を駆使した不可思議な戦術に、複雑な権謀術数(けんぼうじゅつすう)が交錯してどんどん戦況が変わっていく独特な味わいのあるミリタリーSFの傑作だ。戦闘や陰謀の合間に複数のカップルのロマンスが挟まるのが物語に艶(つや)と彩りを与えている。今回は前作までの主人公チェリスがやや後景に引き、真の主役というべきは記憶を失って清らかな感じになっているジェダオである。悪の親玉クジェンによって甦(よみがえ)らされたジェダオは、人間であってどこか異質な存在であり、その孤独感と焦燥、さらに、自分の過去や現在についてだんだんと知っていく過酷な運命が本作の物語を悲劇的な色調に染め上げる。すべてが終わった後の空(むな)しいような開放感は素晴らしく、いわゆる美形キャラではさらさらなく、他の登場人物の誰からも愛されないこのような人物は、近年のエンターテインメントSFでは稀有(けう)な存在ではないだろうか。原書では六連合を舞台にしたスピンオフ的な短編を集めた本が刊行されているのだそうで、ぜひとも翻訳が出るのを期待したい。

 理論づけられた魔術といえば、小森収(こもり・おさむ)『明智(あけち)卿死体検分』(東京創元社 一六〇〇円+税)では、陰陽道(おんみょうどう)が言語学的に理論化されている。ランドル・ギャレットの〈ダーシー卿〉シリーズをヒントに、西洋魔術と陰陽道を「翻訳」するプログラムが発明されたという設定で、本能寺の変で信長が死なず、織田(おだ)・徳川(とくがわ)・羽柴(はしば)で「天下三分の計」が実現し二百数十年が経過した現代日本を舞台に展開する歴史改変SFミステリである。事件は雪で満たされた四阿(あずまや)で正体不明の男の死体が発見されたというもの。その謎に織田家家臣の権刑部(ごんのぎょうぶ)卿・明智小壱郎光秀(こいちろう・みつひで)と、上級陰陽師・安倍天晴(あべのてんせい)のコンビが挑む。菊の御料所(ごりょうしょ)で起こった事件であり、どうも異国人が絡んでいるらしい、とさまざまな政治的思惑が錯綜(さくそう)する。陰陽道や西洋魔術のロジックを組み合わせた推理に、関係者それぞれの事情を考慮に入れた帳尻(ちょうじり)合わせも鮮やかな作品。冒頭から某名作のパロディだったり伝説の天才軍師の名前が針迫弾(ハリセルダン)だったりと細々した遊びも楽しい作品で、設定についてくだくだしく説明しない省筆も品があって気持ちがいい。併録の短編「天正十年六月一日の陰陽師たち」は、また本能寺の変で何が起こったかを描いた歴史SFで、これを読んでから本編を読み直すと色色な隙間(すきま)を埋めることができる美味(おい)しい仕掛けになっている。なお、前号の『紙魚の手帖』に掲載されたインタビューによると、続編シリーズ化の構想もあるらしく楽しみ。


■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.10
ほか
東京創元社
2023-04-11