【編集部より】
本日9月28日、前川ほまれ『藍色時刻の君たちは』が第14回山田風太郎賞の候補作に選出されました。この発表を受けまして、『紙魚の手帖』vol.12(2023年8月刊)に掲載された、前川先生の同書に関するインタビューを緊急掲載いたします。


◎INTERVIEW 期待の新人
 前川ほまれ『藍色時刻の君たちは』


ヤングケアラーの高校生たちの青春と成長を描いた長編、『藍色時刻の君たちは』を上梓した前川ほまれさんにお話を伺いました。


――最初に、簡単な自己紹介をお願いいたします。
 初めまして。前川(まえかわ)ほまれと申します。二〇一七年に第七回ポプラ社小説新人賞を受賞し、デビューしました。私はデビュー前から看護師として働いており、現在も兼業で作家をしています。

――デビュー作『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』では特殊清掃業を、第二十二回大藪春彦(おおやぶ・はるひこ)賞の候補となった『シークレット・ペイン 夜去(よさり)医療刑務所・南病舎』では医療刑務所を、七月に文庫化された『セゾン・サンカンシオン』では依存症治療を描いてきました。あらゆるテーマで人の命を描いてきた前川さんの新刊である本書は、ヤングケアラーがテーマです。執筆のきっかけを教えてください。
 職場でヤングケアラーたちに出会ったのが、きっかけです。当事者の中には家族に対する過度なサポートによって、心身に不調をきたしてしまう子もいます。以前からヤングケアラーという言葉は知っていましたが、実際に当事者と会話を重ねていく中で、彼らの切実な状況を目(ま)の当(あ)たりにしました。因(ちな)みに厚生労働省によると、学校のひとクラスに一人か二人はヤングケアラーが存在していることが明らかになってきています。個人的に思春期精神科医療にも興味があったので、ヤングケアラーを主題に何か物語を書きたいと強く思いました。

――メインとなるヤングケアラーの高校生は、統合失調症を患う母を抱える小羽(こはね)、双極性障害の祖母を介護する航平(こうへい)、アルコール依存症の母と幼い弟の面倒を見る凜子(りんこ)。三人の造形はどのように決めていったのでしょうか?
 主要登場人物たちの造形について決めていたことは、大きく二つありました。一つは、ヤングケアラーたちが抱くどんな歪(ゆが)んだ感情も素直に書くということ。二つ目は『家族のサポートをしている可哀想な子ども』というような、一方的な解釈にならないように努めました。また同じヤングケアラーという立場でも、それぞれの状況や家族に向ける感情の多様さは特に意識しました。サポートが必要な家族と同居しているという点は同じですが、それ以外は三者三様の想いがあることを強調しました。
 主人公の小羽は、母親に対する過度なサポートに対して『それが普通』として受け入れている節があります。まるで、親と子の関係が逆転しているかのように。しかし、航平や凜子は違います。航平は祖母のことは好きですが、介護は嫌々です。それはある意味では、健全な若者の心情とも言えるかもしれません。凜子は母親のことを嫌悪して家から出たいと思っていますが、まだ小さな弟の世話があり本音を押し殺しながら揺れ動いています。主人公たちと家族の心理的な距離を、できるだけ綺麗事を抜きにして描いたつもりです。

――第一部の二〇一〇~二〇一一年は、宮城県の港町に暮らす小羽たちの青春を描いています。ヤングケアラーが社会問題化していなかった当時、周囲の「家族の面倒は家族で見るべき」という介護についての無理解に苦しめられていた、三人のやり切れなさに胸が痛みました。
 ヤングケアラーは、見えづらい存在とも言われています。その理由の一つに、本人がヤングケアラーという自覚がない子が多いようです。そのような特性もあり、ヤングケアラーたちが孤立しやすい傾向はあると思います。

――そんな中、唯一小羽たちの孤独に理解を示したのが、町にある親族の家に身を寄せていた青葉(あおば)という女性でした。彼女の造形は、どのようにして決めたのでしょうか?
 青葉に関しては、彼女の内的不穏さを常に意識して書いていました。小羽たちの前では大人として振る舞っていますが、それ以外の彼女は不安定な時が多いです。特に第一部の幕間(まくあい)では、彼女の不安や揺らぎを色濃く反映させました。
 正直書き始めた時は、青葉はもっとストレートな物言いの強引な女性にしようかと考えていました。しかし書き進めるうちに、優しく包容力のある女性に変更しました。第一部の青葉は、ヤングケアラーたちの日常を照らす光のような存在であることに途中で気付いたからです。なので彼女の言葉で、ヤングケアラーの三人が救いを感じられるように、前向きで明るいセリフを多く用意しました。そういう意味では、青葉は執筆が進むにつれて一番育っていったキャラクターです。

――優しく寄り添い続ける青葉との交流がきっかけで、三人が十代の少年少女らしさを取り戻し、前向きな日常を過ごせるようになっていく変化が嬉しかったです。しかしそんな優しい日々も、二〇一一年三月に発生した震災によって一変してしまいます。本書のもうひとつのテーマ、東日本大震災を描いた理由を教えてください。
 私は宮城県出身ですので、いつか東日本大震災について書きたいとは考えていました。確かデビュー作に関するインタビュー記事でも、近いうちに震災をテーマにした物語を執筆したいと話した記憶があります。しかしデビューしてからも地元を襲った悲劇をどう書けば良いか、正直わからなかったのは事実です。今作で東日本大震災とようやく向き合うことに決めたのは、地元の友人に今思えば、ヤングケアラーと呼べる人物がいたからです。そんな当時の記憶を思い返していると、主要登場人物たちが港町で過ごしているイメージが自然と浮かびました。

――「あとがき」でお書きになった、震災で起きた様々な出来事への想いには、胸を締めつけられました……。
 東日本大震災から十二年経過しても、私の中で消化できていないことは沢山(たくさん)あります。しかしこの物語を書きながら、私自身が少し折り合いをつけられた部分はあったかなと思います。執筆中には何度か地元に帰省し、防潮堤(ぼうちょうてい)に登って海を眺めました。十数年振りに一人で波音を聞きながら、潮風に吹かれる。それだけで感傷とは少し違う、不思議な感覚を覚えました。月並みな表現かもしれませんが、過去でも未来でもなく確かにここで生きている実感というか。そんな感覚を、作中にも出来る
だけ反映させました。

――第二部の二〇二二年は、東京で暮らす、大人になった小羽たちの現状を描いています。小羽が看護師になったのは腑(ふ)に落ちましたし、彼女の勤務の様子は、現役看護師でもある前川さんの経験が反映されているのでしょうか?
 意識はしてはいませんが、同じ看護師なので知識や思考が共通する部分はあると思います。でも多分、私より小羽の方が魅力的な看護師だと思います(笑)。

――小羽は震災時の後悔と癒えない傷に苦しんでいましたが、ある時旧友たちと再会します。それを機に自分の過去や、青葉が抱えていた秘密と向き合うことになります。東日本大震災から十二年を経て傷ついた過去に向かい合おうとする、再生を描いたヒューマンドラマは、アニメーション映画『すずめの戸締まり』(監督:新海誠【しんかい・まこと】)、第一六八回芥川(あくたがわ)賞受賞作『荒地(あれち)の家族』(著:佐藤厚志【さとう・あつし】)などに通じると感じました。
 どちらも素晴らしい作品ですので、そう思って頂けて光栄です。今では東日本大震災を知らない子どもたちもいますし、映画や小説という形で震災が語られていくことは意味があるような気がします。それに防災の観点からいえば、東日本大震災と向き合うことは重要です。ただ個人の心という面からいえば、それぞれの向き合い方があって良いような気がします。当時の傷がまだ癒えていない方々も沢山います。あの日のことを語らないで、目を背(そむ)けながら毎日を生きていくという選択があって良い。個人的には、そう思います。

――シリアスなテーマの本書ですが、書いていて楽しかったシーン、印象的だったシーンはありますか?
 正直執筆中は、辛い思い出が多かったような……(笑)。その中でも楽しかったシーンは、主に第二部です。年齢を重ねて再会した主要登場人物たちが、互助的な作用で改めて絆を深めていくのは作者としても胸が高まりました。印象的なシーンは、やはりラストシーンでしょうか。ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、それぞれが辛い出来事に向き合って折り合いをつけていく。特に小羽には、頑張ってもらいました。

――好きな作家と作品を教えてください。
 沢山ありますが、角田光代(かくた・みつよ)さんの『だれかのことを強く思ってみたかった』、中島(なかじま)らもさんの『ガダラの豚』、高橋弘希(たかはし・ひろき)さんの『指の骨』、ボリス・ヴィアンの『日々の泡』です。あとはホラー小説が好きです。鈴木光司(すずき・こうじ)さん、澤村伊智(さわむら・いち)さんの作品はよく読みます。いつかホラー小説を書いてみたいです。

――ご自身で目指す理想の小説の形はありますか?
 読み易く、リアリティのある小説を目指しています。また最近は、より一層パワーのあるキャラクター造形に力を入れています。そのキャラクターが登場するだけで、何か物語が転がっていくような小説が理想です。

――今後のご予定を教えてください。
 幾つか執筆中の作品があるので、それらを無事完成させたいです。今はセクシュアリティがテーマの話や、小児医療に関する話を書いています。

――最後に、本誌の読者に向けて一言お願いいたします。
 この物語はヤングケアラーや東日本大震災について描かれていますが、根底に流れるものは『今を生きる煌(きら)めき』を描いたつもりです。読んで下さった方々が、何かを感じ取って頂けると嬉しいです。




前川ほまれ(まえかわ・ほまれ)
1986年生まれ、宮城県出身。看護師として働くかたわら、小説を書き始める。2017年『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』で、第7回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』は第22回大藪春彦賞の候補となる。その他の著書に『セゾン・サンカンシオン』がある。

【本インタビューは2023年8月発売の『紙魚の手帖』vol.12の記事を転載したものです】

紙魚の手帖Vol.12
ほか
東京創元社
2023-08-12


藍色時刻の君たちは
前川 ほまれ
東京創元社
2023-07-28