こんにちは翻訳班のKMです。
皆様はアントニイ・バークリーという作家をご存知でしょうか。ミステリ通の方は「もちろん!」と答え、ミステリを読まれない方(私の実家の犬など)は「どなた?」と答えると思います。ざっくり説明すると、アガサ・クリスティやドロシー・L・セイヤーズと同時代のイギリスを生き、『毒入りチョコレート事件』を書いて多重解決ミステリの始祖となり、フランシス・アイルズの別名義では『殺意』という倒叙ミステリの傑作を著したすごい作家です。もっとざっくり説明すると、とってもすごいミステリ作家です。

レイトン・コートの謎とくらり

そんなバークリーのデビュー作『レイトン・コートの謎』(巴妙子訳)が、このたび創元推理文庫から刊行されます。本作は2002年に単行本(文庫になる前のおっきいやつ)が国書刊行会から刊行されており、同年のミステリランキングでは「本格ミステリ・ベスト10」の第2位、「このミステリーがすごい!」の第8位を獲得するなど熱い評価を受けました。ミステリ通の方にはもちろんおすすめの作品ですが、普段ミステリを読まれない方にも、この文庫化を機に強くおすすめしたく思います。老若男女誰もが童心にかえって楽しめる、謎解きの魅力にあふれた作品だからです。

■あらすじ
田舎屋敷レイトン・コートの書斎で、額を撃ち抜かれた主人の死体が発見された。現場は密室状態で遺書も残されており、警察の見解が自殺に傾くなか、死体に残された奇妙な点に注目した作家ロジャー・シェリンガムは殺人説を主張する。友人アレックを助手として、自信満々で調査に取りかかったが……。想像力溢れる推理とフェアプレイの実践。英国探偵小説黄金期の巨匠の記念すべき第一作。解説=羽柴壮一/巻末エッセイ=法月綸太郎

本作の魅力は先述のとおり、全体に活き活きと漂う謎解きの楽しさにあります。たとえば序盤で名探偵ロジャー・シェリンガムは、死体の奇妙な点を指摘して、被害者は自殺したのだとする警察の見解に異議をとなえます。私はこの指摘を読んで「ミステリだ!!!」と最高に嬉しくなりました。以下のようなセリフです。

「その通り」ロジャーはゆっくり言った。「ではいったいどうして、○○○○○○○○○○○○○○があったんだ?」――本書70頁

引用なのに伏字が多くて恐縮ですが、とにかくこんなセリフです。この指摘は決して難しいものではなく、読者の我々も同じ指摘をすることが十分に可能な、手の届くところにある推理です。にもかかわらず、著者バークリーはこのセリフに傍点までつけてとびきり大事な指摘としていて、そのことがとても嬉しかったのです。ミステリには探偵の謎解きを眺める楽しさだけでなく、自ら謎を解く楽しさもあるのだと思い出させてくれました。

とはいえ、謎解きの楽しさへの名探偵ロジャー・シェリンガムの貢献も、もちろん忘れてはいけません。「名探偵」という肩書きとは一見矛盾するようですが、彼はしばしば推理を間違えます。ときに〈迷〉探偵と呼ばれるように、真相とはかけ離れた推理を口にすることも少なくないのですが、私たちはその過程を読むなかで彼と同じように間違えたり、彼の先をいったり後れをとったり、一緒に謎解きを楽しむことができます。そして最後には、やはりシェリンガムは〈名〉探偵だとにっこりしてしまうのです。

レイトン・コートの謎

本書の素敵な装画は牛尾篤様のお仕事です。中央に描かれているのはこのたびの事件の引き金(文字通り!)となった拳銃で、他にも作中に登場する手がかりがちりばめられています。カバーフォーマットは本山木犀様で、デザインは東京創元社装幀室。事件の舞台となる英国屋敷の情緒あふれる仕上がりとなっております。

レイトン・コートの謎帯表1

また、このたびの文庫化では法月綸太郎先生から巻末エッセイ「ロジャー・シェリンガムは何故おしゃべりなのか?」をお寄せいただいております。上で私がたどたどしく言及したシェリンガムの特性につき、本稿にはとても詳しく、そしてべらぼうに面白く記していただいております。シェリンガムの「おしゃべり」性がバークリーの探偵小説にもたらした成果を、ぜひ皆様も見届けてください。

そして、国書刊行会版単行本に収録されておりました羽柴壮一様の解説も、文庫化にあたり再録させていただきました。改稿による情報の刷新もいただき、たとえば今年『処刑台広場の女』の邦訳刊行が話題のマーティン・エドワーズによる研究書『探偵小説の黄金時代』など、併読が楽しい書籍がたくさん記載されております。単行本掲載時の解説をお読みいただいた方も、どうぞお読み逃しなく。

最後に紹介するのもヘンですが、本作には「わが父へ捧げる」と題された著者バークリーの序文が付されています。探偵小説が好きなお父さんのために、自分も探偵小説を書いたのだというバークリーの謎解きミステリへの愛で満ちた本作、ぜひ皆様もお楽しみください。



◇今後のアントニイ・バークリー作品刊行予定について◇



今年10月に開催される復刊フェアの品目に、バークリーの別名義作品であるフランシス・アイルズ『殺意』が選ばれております。謎解きとは切り口の異なるミステリの逸品をどうぞご賞味ください。

レイトン・コートの謎表4

また、『レイトン・コートの謎』帯の背中側にはバークリーの2024年新訳刊行予定が記載されています。ロジャー・シェリンガムシリーズのひとつ『最上階の殺人』です。こちらもとんでもなく面白い(本当にとんでもなく面白い)作品ですので、ぜひ今年のうちに『レイトン・コートの謎』を読み、シェリンガムの人柄に親しんでおいていただければと思います。

レイトン・コートの謎 (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2023-08-31


毒入りチョコレート事件 (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2012-10-25


ジャンピング・ジェニイ (創元推理文庫)
アントニイ・バークリー
東京創元社
2009-10-30